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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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寄り添い合う心2

ディランの部屋の前で、私は小さくノックをした。


「……ディラン?」


返事はない。


もう一度、少しだけ強めに。


「……?」


やっぱり反応がなかった。


(寝てるのかな……)


そう思いながら、そっと扉を開ける。


中は静まり返っていた。


カーテンは半分だけ閉じられ、夕方の光が柔らかく差し込んでいる。


机には書類が積まれたまま。

上着も脱ぎ捨てるように椅子にかけられていた。


そして――


ソファ。


そこに、ディランが横になっていた。


長い脚を少し折り、

片腕で目元を覆うようにして眠っている。


規則正しい呼吸。



(……珍しい)


いつも気を張っている彼が、

こんなふうに無防備に眠っているところを見るのは初めてだった。


思わず、足音を殺して近づく。


夕焼けの光が、金色の髪に溶けている。


「……綺麗だな」


ぽつりと、心の声が零れた。


起こさないように、そっと屈み込む。


眉も、睫毛も、眠っていると少し幼く見えて――


(ほんとに、無理してたんだろうな……)


伸ばした指先が、髪に触れそうになった、その瞬間。


――がしっ。


「っ!?」


手首を、強く掴まれた。


「……!」


一瞬で視界が反転する。


引き寄せられ、私はソファの縁に体勢を崩した。


すぐ近くに、エメラルドの瞳。


眠そうに細められながらも、はっきり私を捉えている。


「……ティアナ」


低く、掠れた声。


「お、起こすつもりはなくて……!」


言い訳をするより早く、彼の親指が手首をなぞった。


「……逃げない」


確認するような動き。


「もしかして起きてたの?」


「寝ていたが部屋に入ってくる気配でわかった」


「さすがだね」


そのまま、掴んでいた力が少しだけ緩む。


「だが……」


視線が、私の指先へ落ちる。


「触れられると思ったら、目が覚めた」


鼓動が、近すぎて聞こえそうだった。


「邪魔しちゃったかな」


「いや」


ディランは小さく息を吐く。


「とても良い気分だよ」


手首を離す代わりに、今度は指先を絡めてくる。


「君が、来たから」


顔が、熱くなる。


「ベッドじゃなくて、ソファで寝てるなんて珍しいね」


「待っていた」


「……何を?」


「君が、歩けるようになる日を」


その言葉に、胸がきゅっと締まる。


「無理をしたつもりはなかったが……」


彼は私の額に、軽く自分の額を触れさせた。


「3日ぶんの安堵が、一気に来たらしい」


「……ばか」


「否定はしない」


そう言って、かすかに笑う。


「少しだけ……」


掠れた声が、すぐ近くで囁いた。


「ここに、いてくれ」


腕が、そっと腰に回される。


拒む隙もないほど、静かで優しい動き。


そう言われて、断れるはずもなかった。


ディランの腕が、そっと腰に回される。


強く抱くわけでもなく、逃げないように留める程度の力。


私はソファの縁に座ったまま、彼の隣に体を預けた。


「……狭くない?」


「むしろ、ちょうどいい」


低い声が、すぐ耳元に落ちる。


ディランは背もたれに身を預け、

私を胸元に軽く引き寄せた。


心臓の音が、一定のリズムで伝わってくる。


「……こうしていると」


彼の顎が、私の髪にそっと触れる。


「呼吸が、同じ速さになる」


「ほんとだ……」


さっきまで少し早かった鼓動が、

不思議と落ち着いていく。


カーテン越しの夕陽が、部屋をやさしく染めていた。


「君が倒れてから」


ディランが、眠気を含んだ声で言う。


「眠るのが、少し怖くなった」


「え……」


「目を閉じると、何もできなかった自分を思い出す」


「王子なのに?」


「王子だからだ」


静かな即答。


「守ると決めた相手を、守れなかった」


その言葉に、胸が痛んだ。


私は、そっと彼の胸元の服をつかむ。


「……でも今は、こうして一緒にいる」


「うん」


「それだけで、十分だよ」


少しの沈黙。


それから、ディランの腕にわずかに力がこもった。


「……ありがとう」


その声は、とても静かで、弱かった。


しばらく、言葉はなかった。


時計の針の音。

窓の外の鳥の声。


世界が、ゆっくりと遠ざかっていく。


気づけば、ディランの呼吸が深くなっていた。


「……寝た?」


小さく尋ねると、


「……まだ……」


そう言いながら、返事が遅い。


私は、彼の胸に頬を預けた。


あたたかい。


鎧も肩書きもない、ただの人の体温。


まぶたが、自然と重くなる。


「……少しだけ、うたた寝しよう」


そう呟いた声は、驚くほど眠そうだった。


ディランの手が、髪をゆっくり撫でる。


「起きたら……」


「うん?」


「夕食にしよう」


「……約束」


「約束だ」


それが最後の言葉だった。


次に意識が遠のくころには、


彼の顎が私の頭に軽く乗り、

呼吸がぴったり重なっていた。


夕暮れから夜へ移るわずかな時間。


誰にも邪魔されない、

静かで、あたたかなうたた寝。



ただ寄り添うふたりとしての、ひとときだった。


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