寄り添い合う心1
セナが目を覚まして5日たった。
セナは変わらずいつも通りだ。
あまりに、いつも通りで――
あの言葉のすべてが夢だったのではないかと思うほどに。
想いを告げられ、
私もそれが初恋だったのだと伝えた、あの日。
彼は静かに微笑って、
『「俺は身を引く」』
そう言った。
それでも続けて
『「俺は、ずっと君が好きだ」』
『「見返りも、約束もいらない」』
『「ただ……
好きでいることだけは、俺の自由だろ?」』
そう告げた。
胸に残るほど真剣で、切実で、優しい声だった。
――それが、本当に現実だったのか。
今、目の前にいるセナは、
以前と何一つ変わらない。
言葉遣いも、距離も、立ち位置も。
騎士としての一線を、完璧なまでに守っている。
けれど。
ほんの一瞬、視線が合ったとき。
私が無理をしていないかを確かめるような、
わずかに柔らいだ眼差し。
誰にも気づかれないほどの、小さな違い。
(……変わらないけど、同じじゃない)
そう思う。
恋人になるわけでもなく、
距離が縮まったわけでもない。
けれど確かに、
“想いを知ったあとの静けさ”が、そこにあった。
私も体力を戻すため、訓練を再開している。
最初は、基礎動作から。
剣を振る回数も、走る距離も少なく。
「無理はなさらず」
セナはそう言いながら、
以前より少しだけ近い位置で見守っている。
近づきすぎず、
離れすぎず。
守るべき距離を、誰よりも正確に保ちながら。
剣を振るたび、身体に少しずつ力が戻ってくる。
呼吸が整い、
汗が額を伝い、
生きている実感が、身体に満ちていく。
過去の恋は、まだ胸の奥にある。
けれど、それはもう――
前へ進む足を縛るものではなかった。
私は今、自分の足で立ち、
自分の意志で剣を握っている。
その背を、静かに支える視線があることを知りながら。
「さて、今日はここまでです」
セナがそう告げ、木剣を下ろした。
「うん、わかった」
素直に頷くと、
「……珍しく素直ですね」
と、少し意外そうな声。
「だって」
私は肩をすくめて笑う。
「みんなから“無理はだめです!”って、何度も念を押されたから」
ユウリに、
ディランに、
テオに、アリス、
お医者様と、
ほんとにみんなから
思い出すだけで苦笑いが浮かぶ。
「そうですね」
セナは小さく息を吐き、ふっと笑った。
その笑みは、以前よりどこか柔らかい。
「皆、本気で心配しています」
「……うん、知ってる」
木陰を渡る風が、汗を冷やしていく。
しばらく並んで歩いてから、セナがぽつりと言った。
「ですが」
視線は前を向いたまま。
「こうして再び剣を握られている姿を見られるのは……正直、安心します」
「心配性だね」
そう言うと、
「騎士ですから」
と、いつもの答え。
けれど続けて、ほんの少しだけ声を落とした。
「……貴女のおかげです」
思わず足を止める。
振り返ると、セナはすぐに視線を逸らした。
「それ以上の意味はありません」
きっぱりとした言い方。
でも、耳がわずかに赤い。
「……うん」
私は微笑んで、再び歩き出す。
セナと別れた後 部屋に戻ったが…
正直、少し退屈だった。
ディランから借りた本も、すでに読み終えてしまったし。
(続き、あるって言ってたな)
ふと思い出す。
「少しだけ、顔を出すくらいなら……」
私はカーディガンを羽織り、
静かに部屋を出た。
廊下は午後の光に満ちていて、
窓から差し込む風が、カーテンをゆらりと揺らしている。
歩くたびに、体がちゃんと自分のものに戻ってきているのが分かった。
(……うん、大丈夫)
廊下に出ると、ちょうど向こうから歩いてきた人物と目が合う。
「レイさん」
「おや、ティアナ様。もう動いて大丈夫なのですか?」
「うん、少しだけ」
そう答えると、レイは安心したように微笑んだ。
「殿下をお探しですか?」
「……わかるんですね」
「顔に書いてあります」
即答だった。
少し照れながら尋ねる。
「ディラン、どこにいるか分かりますか?」
「先ほどまでは書斎に」
「書斎……」
「ただ、少々根を詰めておられましたので」
意味深な言い方に、首をかしげる。
「……邪魔だったら戻ります」
「いえ」
レイは静かに首を振った。
「殿下は、ティアナ様が来られるなら喜ばれるでしょう」
「え?」
「3日間ずっとティアナ様に付き添っていましたから」
その言葉に、胸が少しあたたかくなる。
「……ありがとうございます」
軽く頭を下げ、書斎のある廊下へ向かう。
分厚な扉の前で、足を止めた。
(忙しかったら、すぐ帰ろう)




