初恋3
セナside
コンコン、とノックの音がする。
返事をするより早く、扉が静かに開いた。
「やあ」
……ディランだ。
「どうも」
短く返すと、ディランは俺の前のソファに腰を下ろした。
無駄のない動き。相変わらずだ。
「調子は?」
「悪くはないです」
そう答えながら、自分の肩に触れる。
包帯の下、痛みはもうほとんどない。
……塞がっている。
「そうか」
ディランは俺を一瞥して、ふっと笑った。
「確かに、死にかけたにしては――
ずいぶんすっきりした顔をしているな」
満足そうな笑み。
見透かされているのが、少しだけ癪だ。
「……否定はしません」
守れた。
それだけで、十分だった。
「君は、いつもそうだな」
ディランは背もたれに身を預ける。
「自分のことは二の次で、肝心なところだけ持っていく」
「騎士ですから」
そう答えると、また小さく笑われた。
「まったく……
だが、よくやった」
その一言は、労いというより承認だった。
胸の奥に、静かに染みていく。
俺は一度息を整える。
「俺……ティアナに、ずっと言えずにいたことを言ったんです」
その言葉に、ディランは一瞬だけ目を丸くした。
だがすぐに目を細め、静かに息を吐く。
「そうか。
君は、この先もずっと言わないと思っていたよ」
「はい。俺も、そのつもりでした」
正直に答える。
「……だけど」
肩に残る感覚を思い出す。
血の匂い。
遠のく意識。
「血がたくさん流れて……
もう長くないと悟った時に、ティアナの顔を見たら……
言いたくなりました」
声が、少しだけ低くなる。
「『もう最後だから』って、
格好つけて終わりにしたかったんです」
一度、言葉を切る。
「……それなのに彼女は、
そうさせてくれなかった」
ディランは、何も言わずに頷きながら聞いている。
「強引で……勝手で……」
小さく息を吐く。
「どうしようもなく……ずるい人です」
「…そうだね」
ディランは、穏やかに微笑んだ。
俺は、真正面から見る。
「ディラン殿下」
「俺も、この先、貴方と歩きます。
貴方のことも、ティアナのことも――
全力で支えます」
「…頼もしいな」
ディランは、素直に笑った。
「だから……お嬢様のこと、よろしくお願いします」
そう言って、俺は深く頭を下げる。
「ああ。もちろんだ」
一拍置いて、ディランが言った。
「……それよりセナ
ティアナに、手は出してないだろうね?」
――ギクリ。
俺は、思わず視線を逸らす。
「……それは、どこまでの話ですか?」
「ちょっと待とうか」
ディランの声が低くなる。
「セナ……まさかとは思うが…」
俺は唇に手をやり、
ニヤリと笑った。
「……これくらい、いいでしょう」
「……いいわけないだろ」
ディランは笑顔のまま、俺の胸倉を掴みにかかってきた。
「その……不可抗力です」
「不可抗力で済む話ではないからね」
声を荒げることはない。
だが、静かなのに――ものすごい圧だ。
そして力が強い。
……意外と、わかりやすい人なのかもしれない。
以前までの印象は完璧で非の打ちどころのない王子だったが。
今は……年相応だな。
「失礼します」
静かに扉が開く。
「ちょっ、殿下!
何してるんですか!? 病人ですよ!」
レイが慌てて間に割って入る。
「……っ」
ディランは、わずかに眉をひそめた。
そこへ、さらに。
「なになーに?
なんか面白いことしてるね!
俺もまぜてー!」
軽い声でテオが言う。
「まざるな」
俺が即座に言うと、
ディランはふっと息を吐き、手を下ろした。
「……」
そのタイミングで――
「あらー? 何、この騒ぎ」
「どうしたんだ!?」
「何事だ?」
「セナ副団長、大丈夫ですか!?」
ルイ、レオ、ロベルト、アレンが次々と入ってくる。
「殿下……ほんと勘弁してください」
レイが心底困った顔で言う。
「セナが生き返ったと思ったら、今度は喧嘩か!?忙しいな!」
レオは楽しそうに笑った。
「全く……」
ルイは呆れたように言いながらも、どこか面白そうだ。
「セナ副団長……」
アレンは目に涙を浮かべる。
「ご無事で、本当に良かったです」
アレンが抱きつく。
「じゃあ俺も失礼します!」
そう言いながら、
ロベルトも勢いよく抱きついてくる。
「……やめろ」
低く言い放つ。
「男に抱きつかれる趣味はない」
「冷たいなぁ!」
部屋に笑いが広がる。
……さっきまで死にかけていたとは思えない騒がしさだ。
だが、この騒音も、
この面倒くささも――
悪くない。
……ティアナ。
俺を、この世界に繋ぎ止めてくれてありがとう。
たとえそれが、
俺の初恋の終わりを意味していたとしても。
あのとき、
血に染まった視界の中で見たのは、
剣でも、使命でもなく――
貴女の顔だった。
それだけで、十分だった。
想いは、もう言葉にした。
だから、後悔はない。
これから先、
貴女がどんな道を選んでも。
誰と手を取り合って歩いても。
俺は、騎士として。
そして一人の人間として――
貴女とともに歩く。
剣を取る場所は、変わらない。
守るべきものも、変わらない。
……それでいい。
それが、
俺が選んだ答えだ。




