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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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戻る場所

セナ side


……暗い。


音も、痛みもない。

ただ、深い水の底に沈んでいるみたいだった。


――ああ、そっか。


俺、死にかけてるんだな。


不思議と怖くはなかった。

最後に見たのは、泣きそうなティアナの顔だったから。


それだけで、十分だった。


……はず、なのに。


温かい。


胸の奥に、じんわりと広がる感覚。

誰かが、俺を呼んでいる。


――セナ。


声にならない声。

それでも、はっきりわかる。


ティアナだ。


「……だめだよ」


意識の奥で、俺は首を振る。


俺なんかのために、無茶をするな。

君は生きて、前を見て、幸せになるべき人だ。


なのに。


魔力が絡みつく。

拒めないほど優しく、強引で、必死で。


――諦めない。


その感情が、直接流れ込んでくる。


記憶が揺れる。


初めて出会った日のこと。

刃を持った無鉄砲な俺をとめてくれたこと。

騎士になりたいといった俺にくれたアクアマリンのブレスレット。

苦しくても辛くても必死にくらいついて騎士団員になったこと。

その先に信じて待っていてくれて俺に笑いかけてくれたこと。

一緒に訓練したこと、みるみる上達する彼女の剣に圧倒されたこと。

ティアナに向く気持ちを断ち切ろうとして他の女性に目を向けようとしたこと 。

危険から遠ざけようとしたのにまんまとやられたこと。



……好きだなんて、言えるわけなかった。


騎士は、主を想ってはいけない。

それでも心は、何度も君のところへ行ってしまった。


――俺、貴女が好きです。


あの言葉。

やっと言えたのに。


なのに、まだ繋がれている。


「……ずるいな」


君はいつも、俺の覚悟を簡単に壊す。


死ぬ覚悟も。

諦める覚悟も。


温かさが、心臓を叩く。


――トクン。


……もう一度。


「……まだ、俺を呼ぶのか」


生きろ、と。

ここにいろ、と。


……そんな顔で言われたら。


「……戻るしか、ないだろ」


意識の底で、俺は手を伸ばす。

確かに、君の魔力を掴む。


――今度こそ、離さない。


遠くで、光が滲んだ。


次に目を開けた時、

そこに君がいるなら。


それだけでいい。



……眩しい。


まぶたの裏が、白く焼けるみたいだった。

息を吸うと、胸が少し痛む。


――生きてる?


ぼんやりとそう思った、その時。


視界の端が、滲んだ。


「……ティアナ……?」


声が、かすれる。

自分でも驚くほど、弱々しい声だった。


すぐ近くに、顔があった。

見慣れたスミレ色と桃色の夜明けの空みたいに綺麗な髪。

伏せられた睫毛の先から、ぽたり、と何かが落ちる。


……涙。


「……泣いて、る……?」


問いかけたつもりだったけど、

それはほとんど、息だった。


ティアナは一瞬、動きを止めて。

それから、ぎゅっと唇を噛みしめる。


「……ばか……」


震えた声。


「ほんとに……ばか……」


そのまま、ぽろぽろと涙が落ちてくる。

俺の胸に、頬に、温かい滴が触れる。


――ああ。


そうか。


俺、戻ってきたんだ。


「……ごめん……」


反射みたいに、そう言っていた。


泣かせるつもりなんて、なかった。

守るって決めてたのに。


ゆっくり、指先に力を入れる。

まだ感覚は鈍いけど、確かにそこにある。


そっと、彼女の袖を掴む。


「……ティアナ……」


名前を呼ぶと、

彼女の肩が小さく跳ねた。


「……ちゃんと、いる……」


生きてる。

ここにいる。


そう伝えたかった。


ティアナは、堪えていた何かが切れたみたいに、

俺の胸元に顔を埋める。


「……よかった……」


か細い声。


「……ほんとに……よかった……。

ばかは、わたしなのに。油断してセナを危険にさらした。

ごめん…なさい。」


俺は、ゆっくりと腕を上げて、

彼女の背中に回す。


抱きしめるには、まだ力が足りない。

それでも、逃がさないように。


「……ティアナは悪くない。心配、かけたな」


小さく笑おうとして、うまくいかなかった。


でも。


涙で濡れた彼女の髪は、

生きてる証みたいに温かかった。


――戻ってきて、よかった。


心の底から、そう思った。


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