夜明けの先に4
眠るセナの横顔を、そっと見下ろす。
私が目を覚ましてから2日…セナまだ目覚めない。
ふと扉が開く。
「お嬢さーん」
「レオ?」
「これ、食べな」
差し出されたのは、簡単なサンドイッチだった。
「ありがとう、レオ」
「体力つけないとな」
屈託のない笑顔。
その明るさに、少しだけ救われる。
「……セナ、目覚めるかな……」
ぽつりと、言葉がこぼれた。
もし、このまま目を覚まさなかったら――
考えそうになって、慌てて首を振る。
「大丈夫だよ」
レオはあっさりと言った。
「医者も言ってたろ? 体には問題ないって。あとは本人次第だってさ」
「……そう……」
「あのセナだぜ?」
肩をすくめて笑う。
「お嬢さんにここまでしてもらって、ずっと寝てるわけないって」
「……そうかな」
「そうそう」
ポンポン、と軽く頭を叩かれる。
「なんか、レオって歳上みたい」
「いや、俺、お嬢さんより歳上だからね!」
思わず、ふふっと笑いがこぼれる。
静かな部屋に、ほんの少しだけ、あたたかい空気が戻った。
「あらー、なにを話してるの?」
ルイも部屋に入ってきた。
「ルイ」
「ティアナちゃん、ダメじゃない。病み上がりなのは貴女もよ。休まないと」
「いっぱい寝たから、大丈夫だよ」
私は肩をすくめて笑う。
「もう……」
ルイは小さくため息をつきつつ、でも口元が微かににやりとしている。
「それよりルイ、ルイが作ってくれたドレス、馬車に置いてきちゃったんだけど……あった?」
「あー、あったわよ。だけどね、破れて泥だらけになってたの」
ルイは片眉を上げて、ちょっと楽しそうに報告する。
「そっか……ごめんね」
あんなに素敵なドレスだったのに…
「いいのよ、ドレスなんてまた作れば」
ルイは笑顔で肩をすくめる。
「いっそ着てた方がよかったかも……」
「それはそれでカッコいいわね。
でも次は動きやすさ重視のドレスも作ってあげるわ。
とりあえず剣とか銃とか仕込む場所もつくる?」
ルイはわざと得意げに手を広げる。
「……ルイ、ちょっとからかってるでしょ」
私は小さくつっこむ。
「なに言ってるの。これも愛情表現よ」
ルイはにやりと笑って、少し悪戯っぽくウインクする。
「お嬢様、クッキー持ってきたよ!
一緒に食べよー!」
テオの声に振り向く。
「げっ、レオもルイもいるじゃん」
あからさまに表情に出るテオ。
「あらー、失礼ね!」
すぐにルイが反応する。
「あ、テオちゃん。いいもの持ってるのねー。ちょうだーい!」
「え、あ、ちょっと!」
「お、俺にも!」
レオも手を伸ばし、遠慮なく受け取る。
「ん……うまい!」
「全く……」
テオは小さく呆れながらも、私の隣に腰を下ろした。
「ってか、セナ副団長、寝過ぎじゃない?」
ベッドを覗き込み、
「いつまで寝てるんだろう……」
そう言って、人差し指でセナの頬をぐりぐり押す。
「ちょっと、テオ!」
「そうだ」
急にひらめいたように言って、
「はい、お嬢さま。あーん!」
差し出されたクッキーを、あむっと口にする。
「美味しい……」
「ついてるよ。ほら」
テオがそっと近づき、クッキーのカスを優しく拭ってくれる。
「これ、俺が作ったんだ」
「え!? そうなの? すごい!」
「アリスが手伝ってくれた」
その名前に、思わず目を瞬かせる。
まさかのテオとアリスの組み合わせに、ふっと笑いがこぼれた。
――と、その時。
「失礼しまーす」
「しまーす」
ロベルトとアレンまで顔を出す。
「……いっぱいいますね」
「ほんとだな」
気づけば部屋はすっかり満員で、
眠るセナの周りだけが、やけに賑やかだった。
一通り、みんなと過ごし。
気づけば部屋には、眠るセナと私だけが残っていた。
しんと静まり返った空間に、控えめなノックの音が響く。
「入るよ」
扉を開けて入ってきたのは、ディランだった。
「やあ」
短くそう言って、私の隣に腰を下ろす。
それきり、しばらく沈黙が流れた。
――この空気に、耐えきれなくなって。
私は思わず口を開いた。
「あ、あの……色々、ありがとうございます」
「何がだい?」
「この隠れ家のこととか……お医者さんのこととか。全部です」
「それは気にしないでくれ」
穏やかに言って、続ける。
「本当なら、君にももう少し休んでいてもらいたいところだが……」
ちらりとこちらを見て、
「そう言っても、君は聞かないだろ?」
ニヤリ、とした笑み。
私は苦笑しながら、黙って頷いた。
「このソファね」
ディランは軽く背もたれを叩く。
「座り心地がいいだけじゃなくて、寝心地もいいんだ。
このクッションと毛布も抜群でね」
そして、優しい声で言う。
「だから、ここで君も休めばいい」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
「……ありがとうございます」
「君の“共鳴”が、セナを救ったんだ」
静かで、はっきりとした声。
「本当はね、こんなに無茶をして……と言いたいところだが」
少しだけ間を置いて、
「よくやった。本当に」
そう言って、ディランは私の頭を優しく撫でる。
涙が出そうになって、必死にこらえた。
視線を落とし、下を向く。
「……は、はい」
その一言に、今の気持ちのすべてを込めて。
「……きっと、セナももうじき目を覚ますさ」
ディランは眠るセナに目を向けて、穏やかに言った。
「彼は良い騎士だ。それに、強い」
その言葉は、励ましというより確信に近かった。
胸の奥に、静かに温かいものが広がる。
ディランは立ち上がり、音を立てないように一歩引く。
「無理はするなよ、ティアナ。いまは守られる番だ」
そう言って、扉の前で一度だけ振り返り、
優しく微笑んだ。
そして、静かに席を外す。
扉が閉まる小さな音がして、
部屋には再び、私とセナだけが残った。
私はそっと、眠る彼の顔を見つめる。
「……みんな待ってるよ」
小さく呟いて、セナのそばに腰を下ろした。
彼の目が開く、その時を信じて。




