夜明けの先に1
ティアナside
――どれくらい、眠っていたのだろう。
重たいまぶたを開けると、白い天蓋と柔らかな光が視界に滲んだ。
「……ここ……」
どこかの部屋だと理解するまで、少し時間がかかる。
喉が渇き、息を整えようとした、そのとき。
「……ティアナ」
すぐそばで、低い声がした。
ベッド脇の椅子に座っていたディランが、静かに立ち上がる。
「目が覚めたんだな」
額に手が触れ、熱を確かめる。
「……下がっている。よかった」
「……どれくらい、寝てたの?」
「丸3日だ」
その言葉に目を瞬かせ、すぐに思い出す。
「……セナは?」
ディランは、すぐに頷いた。
「心配はいらない」
「まだ目は覚ましていないが、峠は越えている」
「魔力の流れも安定している。あとは自然に目覚めるのを待つだけだ」
「……そっか……」
胸の奥が、ようやく緩む。
「君が救ったんだ」
静かな声が、はっきりと告げる。
「共鳴で彼の命をつないだ。誰にでもできることではない」
「……でも」
「同時に、君自身も限界を超えていた」
ディランは私の手を包み、少しだけ力を込めた。
「だからもう、ひとりで背負うな」
そのときだった。
「――失礼いたします」
扉が控えめに開く。
花瓶を抱えたユウリが、いつもの落ち着いた足取りで入って――
「……っ」
私の姿を認めた瞬間、動きが止まった。
「……お、」
花瓶が、ぐらり。
「お嬢さま……?」
腕がわずかに震える。
「……目を、覚ま――」
言葉の途中で、さらにぐらり。
「……っ、あっ」
「ユウリ!」
ディランが声を上げる。
慌てて花瓶を抱え直し、ユウリは一歩よろけた。
水がちゃぷんと揺れ、花が傾く。
「し、失礼……!」
何とか机に花瓶を置き、両手で押さえ込む。
しばらくそのまま固まったあと――
「……」
深く、息を吸った。
そしてゆっくり顔を上げる。
「……本当に……」
かすかに、声が震えていた。
「目覚めたのですね…」
「うん……心配かけたね」
そう言うと、ユウリは困ったように、でもやさしく微笑んだ。
「いえ……」
「心配していましたがお嬢様の顔を見れて―」
いつもの完璧な執事の表情に戻そうとして、戻りきらない。
「……少し動揺してしまいましたね」
そう言いながらも、その目は少し潤んでいた。
ディランが小さく息を吐く。
「無理もない。3日間、起きなかったのだから」
ユウリは軽く頭を下げる。
「お嬢さま」
「本当に…よく戻ってこられましたね」
その声は、とても静かで、あたたかかった。
「……私、セナのそばに行ってくる」
立ち上がろうとした瞬間、視界が揺れた。
足元がふらつき、身体が前へ傾く。
「――お嬢様!」
その身体を、ユウリとディランが同時に支えた。
左右から伸びた腕に受け止められ、
倒れかけた身体が静かに引き戻される。
「お嬢様。無茶しすぎですよ」
ユウリは穏やかな声でそう言い、
そっと肩に手を回す。
「私が肩を貸しますから。一緒に行きましょう」
止めるでもなく、
叱るでもなく。
ただ“一緒に”と差し出される支え。
その優しさに、胸が少し熱くなる。
「……ありがとう」
小さくそう告げると、
ユウリはわずかに目を細めた。
その反対側で、ディランは黙ったまま腕を離さない。
「……殿下?」
名前を呼ぶと、低い声が返ってきた。
「離すつもりはない」
短く、けれど迷いのない言葉。
「君はまだ万全じゃない。
倒れられるより、支える方がいい」
少しだけ力がこもる。
その温度が、やけに現実的で――安心できた。
「……2人とも、過保護だよ」
そう言うと、
「今だけです」
とユウリが静かに返し、
「いや、常にだ」
とディランが即答した。
思わず、くすりと笑ってしまう。
2人に支えられながら歩く廊下は、
いつもよりゆっくりで、静かで。
けれどその一歩一歩が、
確かに“生きている”と実感させてくれた。




