焦り
刃を振るい、影を斬り伏せる。
夜の闇に血と魔力の匂いが混じる中、俺は一瞬だけ息を整えた。
(……妙だ)
胸の奥が、ざわつく。
戦闘の高揚とは違う。もっと深いところ――
引き裂かれるような、不快な感覚。
「殿下?」
レイの声が届く前に、俺はわずかに膝を沈めた。
――来た。
空気が、震えた。
衝撃はない。音もない。
だが魔力の流れが一斉に逆転するような感覚が、全身を貫く。
(……共鳴?)
息を呑む。
これまで感じたどれとも違う。
荒く、必死で――命そのものを削るような波。
剣を握る手に、無意識に力が入る。
(ティアナ……?)
名を思い浮かべた瞬間、胸が締め付けられた。
喜びでも高揚でもない。
――悲鳴だ。
「……セナだ」
言葉にした瞬間、確信に変わる。
「殿下!」
レイも異変を察していた。
「ああ……共鳴が乱れている。強制的だ。
命を賭けている……」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
「進路を開け!」
剣を振り払い、魔力を解放する。
「全速で合流する!」
敵を“倒す”動きから、“排除する”動きへ。
ただ前へ、道を切り拓く。
(頼む……)
胸の奥で、必死に願う。
(まだ、生きていろ)
俺は剣を握り直し、闇を裂いて走り出した。
「殿下!」
闇の向こうから声が上がり、俺は足を止めた。
次の瞬間、火花を散らして剣を下ろすテオたちの姿が見える。
「テオ……無事か」
「はい。こっちはなんとか」
肩で息をしながらも、テオの目は鋭い。
「敵は?」
「全員、片付きました」
アレンが地面に腰を下ろしながら答える。
一瞬、胸を撫で下ろしかけ――すぐに打ち消す。
「……セナとティアナは?」
空気が張り詰めた。
「合流できてません」
テオが首を振る。
「敵が意図的に分断してきたんで……
お嬢さまとセナ副団長を、先に逃がしました」
――逃がした。
胸の奥がざわりと波打つ。
「方向は」
「東。湖の方角です」
嫌な予感が、確信へと変わる。
その瞬間だった。
胸の内を強く殴られたような感覚。
魔力が内側から大きく揺れる。
――共鳴。
さきほどより弱いが、はっきりと残る余波。
(……まだ、繋がっている)
「急ぐぞ」
剣を強く握り直す。
「全員、動けるか」
「もちろんよ」
「当然だ」
仲間たちが次々に頷く。
俺は夜の奥、湖のある方角を見据えた。
(頼む……間に合ってくれ)
胸に残る共鳴の痛みは、祈りにも似ていた。
――セナ。ティアナ。
俺たちは全力で、闇の中を駆け出した。




