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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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ディラン参戦

ディランside


会場のざわめきが、徐々に静まっていく。

その端に立つガイルは、冷たい光を帯びた瞳でディランを見据えていた。

声は低く、滑らかだが、その奥には計算された警告の気配が潜んでいる。


「ディラン殿下……ティアナ様を、こちらに差し出すおつもりは?」


その問いに、俺はゆっくりと息を吐き、即座に答えた。


「あるわけないだろ」


迷いのない、短い一言。


ガイルは小さく肩をすくめ、含みを持たせた笑みを浮かべる。


「ほう……今ここで差し出せば、彼女の安全は“保証”してもいいのだが」


一歩、前に出る。

その足取りは軽やかでありながら、まるで剣先で距離を測るかのような鋭さを帯びていた。


「叔父上が、そんな優しい方ではないでしょう」


声は揺るがない。

胸に秘めた覚悟が、言葉の端々ににじんでいる。


ガイルはわずかに目を細め、口元を歪めた。


「なるほど……」

そして、静かに告げる。

「では、後で会うことになるだろうな」


その瞬間、会場内の視線が2人に集まる。

だが俺は、まったく動じなかった。

彼の意識はすでに外へ――ティアナとセナの動きへと向けられている。


「君の計算が、正しいといいが……」

ガイルの声が、静かに響いた。


俺はただ一度、頷いた。


「正しいかどうかは、行動で示すしかない」


2人の間に、それ以上の言葉は交わされない。

だが、空気は確かに張り詰めていた。


やがて――

ティアナとセナが会場を離れ、夜の闇の中へと姿を消す。


その背を、ガイルの従者が静かに追い。

俺は仲間たちへと視線を戻し、次の動きを確認する。


――会場の外には、すでに戦いが待っていた。


ガイルと距離を取り、会場の奥へ向かおうとしたところで、視線の先に見慣れた姿があった。


「……陛下」


思わず足を止め、姿勢を正す。

ジョルジュ陛下は、穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「ディラン。婚約者は、もう帰らせたのか?」


唐突な問いだった。

だが、責める調子ではない。


「はい」

静かに答える。

「ゆっくりご挨拶できず、申し訳ありません」


「いや、いい」

陛下は軽く首を振った。

「私も遅れて、つい先ほど来たばかりだからな」


その言葉に、わずかに安堵する。

――だが、次の一言が胸に引っかかった。


「……急ぎなさい」


命令とも、忠告とも取れる声色。

一瞬だけ迷い、それでも深く頭を下げた。


「はい」


顔を上げたとき、陛下の視線が会場の出口へ向いているのが見えた。

――ティアナが去った方向だ。


(……気のせい、か)


そう思おうとしたが、胸の奥に小さな棘のような違和感が残る。


「若い者の力は貴重だ」

陛下は独り言のように言った。

「特に……大きな可能性を秘めた者はな」


「……」


言葉の意味を測りかねたまま、いまはそれ以上踏み込まなかった。


「失礼いたします」


再び一礼し、踵を返す。

背後から向けられる視線を、今は深く考える余裕がなかった。



会場の外れで、レイと合流する。


「状況はどうだ?」


「予定通りです」

レイは即答した。


「ティアナ様とセナ副団長は先に離脱。

ただガイル側の動きが予想より早いです」


ディランは奥歯を噛みしめる。


(やはり……)



「全員に伝えろ。俺も動く」


「了解しました」


短い会話。

それだけで十分だった。


俺は一度だけ、会場の方を振り返る。

煌びやかな灯りの奥に、ジョルジュ陛下の姿はもう見えない。


(……今は考えるな)


守るべきものが、はっきりしている。


「――必ず、守る」


誰に聞かせるでもなく呟き、夜の闇へと踏み出した。


その背で、知らぬまま――

最も危険な視線が、すでに彼を捉えていることを。


夜気が、肌に冷たい。


会場を離れ、街道へと踏み出した瞬間、俺は空気の違いを察した。

――静かすぎる。


(来ているな)


足を止めることなく、魔力を薄く周囲へ広げる。

返ってくる感触は、意図的に抑えられた気配。

隠す気のある配置だ。


「レイ」


「同感です」

隣を歩くレイが即座に応じる。

「正面と左右。逃がす気はありませんね」


小さく息を吐いた。


(ティアナ……間に合え)


次の瞬間、闇が動いた。


「殿下!」


刃が閃く。

俺は半歩踏み込み、迷いなく剣を抜いた。


「下がるな、迎え撃つ!」


「我が剣に応えよ、アレキサンドライト」


命令と同時に、剣が火花を散らして敵の刃を弾く。

衝撃が腕を震わせるが、足は止まらない。


「――やはり来たか」


低く呟き、体勢を崩した敵の懐へ踏み込む。

一閃。

確実に、動きを奪う。


「数は?」


「少なくとも五。後続が来ます」




レイの声は冷静だ。


「足止めする。合流を最優先だ」


剣を構え直す。

殿下としてではない。

ただ一人の男として、守るために。


闇の中から、次の影が躍り出る。


「……通すと思うか」


剣に魔力を乗せ、踏み込む。

風を裂く音と共に、敵の隊列が乱れる。


(急げ)


胸の奥が、妙にざわつく。

嫌な予感が、はっきりとした形を取り始めていた。


「ティアナ……」


名を呼び、剣を振るう。

彼女の元へ辿り着くまで、倒れるわけにはいかない。


夜の闇に、金属音と魔力の閃光が弾ける。

こうして――

戦場へと完全に踏み込んだ。




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