テオの不安とユウリの胸騒ぎ
テオside
夜の闇が濃く、吐く息が白くなり始める頃。
俺は剣を握り直し、鋭く周囲を見渡していた。
敵の数は多い。
だが、立ち止まる余裕はなかった。
斬撃と魔法の閃光が夜を裂き、
足音と叫び声が入り混じる。
「アレン!右!」
「はい!」
「ルイ、援護して!」
「わかったわ!」
声を掛け合いながら、分散した敵を一体ずつ削る。
迷えば死ぬ。
だから考えるな、動け。
彼の剣は正確だった。
仲間の動きを読み、隙を作り、道を開く。
――セナと、お嬢さまを逃がすため。
その一点だけが、俺たちを前へ押し出していた。
戦闘は熾烈だった。
腕が痺れ、呼吸が焼ける。
それでも、不思議と倒れなかった。
その理由は、すぐに分かった。
(……魔力の流れ、変わってる)
空気の奥で、何かが脈打っている。
風に混じる、柔らかく温かい感覚。
(これ……お嬢さまの共鳴か)
胸の奥が、熱を帯びる。
(ほんとすごいな……)
ついこの前、力を知ったばかりなのに。
それを恐れず、誰かを救うために使えるなんて。
――ほんとかっこよすぎる。
次々と倒れる敵。
最後の一体が霧散した瞬間、戦場に静寂が落ちた。
「……終わったか」
剣先から血を振り払い、息を整える。
「こっちも終わったぞ!」
「ええ」
レオが手を振り、ルイも頷く。
ロベルトがその場に腰を落とす。
「さすがに……きついです……」
アレンも座り込み、額の汗を拭った。
俺もようやく肩の力を抜く。
――なのに。
胸の奥のざわめきだけが、消えなかった。
(……遅い)
戦闘が終わったなら、
もう合流してもいいはずなのに。
「……2人は、無事か?」
思わず漏れた声。
湖の方角へ視線を向ける。
夜明け前の薄明かりが、水面を淡く染めていた。
その光の中に、
2つの影を探す。
嫌な予感を、振り払うように。
――どうか、無事でいてくれ。
◇
ユウリside
戦場から少し離れた施設内。
レイさんとテオが先日発見した研究施設だ。
今日はガイルがお嬢様たちを捉えようとして人手を割いているせいか、警備は普段より手薄だった。
静かに足音を殺しながら歩く。
手には小型の魔力測定器。
壁の結界、床下を流れる魔力脈、部屋ごとの反応――
一つずつ確認し、素早くメモを取っていく。
「……ここは警備が薄い。だが、補助結界が重ねられている」
低く呟き、指で間取り図をなぞる。
扉の配置、巡回ルート、魔力反応の強弱。
頭の中で瞬時に安全経路と危険域を組み立てていく。
その背後では、侍女のアリスが周囲を警戒しながら、照明具と道具を手際よく管理していた。
「ユウリ様、こちら……障壁反応が強いです」
「ええ。次の部屋に入る前に測定を済ませましょう」
言葉は少ない。
だが長く仕えてきた呼吸で、動きに迷いはなかった。
――その時だった。
測定器の針が、微かに揺れた。
「……?」
数値に異常はない。
結界の反応でもない。
けれど、胸の奥が――ひくり、と疼いた。
(……今のは)
理由のない違和感。
魔力でも、気配でも説明できない。
それでも、執事として培った感覚が、はっきりと告げていた。
――嫌な予感だ、と。
「……お嬢様……?」
思わず、小さく名が零れる。
戦場とは距離がある。
ここに敵影もない。
それなのに、胸の奥がざわめいて収まらない。
無意識に測定器を握りしめた。
(どうか……ご無事で)
戦場で奔走する主の姿が、脳裏をよぎる。
今できることは一つだけだ。
確実に情報を集め、戻ってきたとき、少しでも安全な道を示すこと。
「……急ぎましょう、アリス」
「……はい」
2人は再び歩き出す。
闇に沈む施設の廊下で、
測定器の淡い光だけが、静かに揺れていた。
その胸騒ぎが、
ただの思い過ごしであってほしいと願いながら――。




