セナの告白
セナside
傷口から血が流れている。
痛いなんてもんじゃない。
熱と冷たさが入り混じり、身体の輪郭が曖昧になる。
呼吸をするたび、胸の奥が軋んだ。
視界の端で、赤が滲む。
心配そうに、目に涙を浮かべるティアナ。
その顔を見た瞬間、胸が締めつけられた。
――こんな顔、させたくなんてなかったのに。
本当は、言うつもりなんてなかった。
この想いは、一生、死ぬまで胸の奥にしまっておくはずだった。
「……これ以上、喋らないで」
ティアナの声が震える。
その声を聞くだけで、少しだけ苦しさが和らぐ。
けれど、もう血は止まらない。
指先が、冷たい。
自分でもわかる。――長くない。
だから、最後に言いたい。
「俺、貴女の騎士になれて……
そばにいられて、幸せでした」
「なによそれ……お別れみたいじゃない」
ティアナはそう言って、無理に笑おうとする。
けれど、その笑顔はすぐに歪み、滲んだ。
焦点が合わない。
音が遠い。
それでも、彼女の声だけははっきりと聞こえる。
「俺……貴女が好きです」
喉が焼けるように痛み、声がかすれる。
「頑張り屋で、優しくて……
強くあろうとする貴女が、世界で一番綺麗で――大好きです」
「……セナ」
ティアナの瞳から、ぽろりと涙が落ちる。
その雫が、頬に落ちた気がした。
「私だって、好きだったよ。ずっと……」
その言葉に、思わず目を見開いた。
胸の奥が、熱くなる。
「……それは、知らなかったな」
かすかに笑う。
こんな形で知るなんて、
本当に、俺は間が悪い。
「だから……死なないで」
必死に絞り出すような声。
「貴女には……今――」
他に惹かれている人がいる、と言おうとした瞬間。
「そんなの、関係ない」
即座に遮られる。
「貴女には、世界で一番幸せになってほしい。
その隣が――俺じゃなくても」
「……そんなの、嫌」
涙に濡れた声が、胸を打つ。
もう、身体が言うことをきかない。
それでも、どうしても触れたかった。
最後の力を振り絞り、
俺は彼女の手を引き寄せた。
細い身体。
温かい。
生きている温度だ。
「これは……最初で、最後だ」
腕が震える。
それでも、確かに抱きしめた。
「――ティアナ。貴女を、愛してる」
唇が触れる。
一瞬で、
柔らかくて、温かくて――
ああ、ちゃんと、生きていたんだと思えた。
それはとても短く、
儚くて、
それでも確かに――
俺がここにいた証だった。
◇
ティアナside
――だめ。
セナの体が、少しずつ冷たくなっていく。
抱き寄せた腕の中で、その重みが変わっていくのがわかる。
さっきまで確かにあった鼓動が、
弱く、遠く、まるで水の底へ沈むみたいに消えていく。
「……やだ」
喉が詰まり、声にならない。
血の匂いが濃い。
指の間から、まだ温かいはずの赤が滲んでいる。
こんなの、ずるい。
私だって、セナが好きだった。
初恋だった。
出会った頃のあなたは、無謀で、やんちゃで、
それでも逃げずに、理不尽から目を逸らさずちゃんと向き合ってた。
「騎士になる」
そう言って、未来を語る瞳がまぶしかった。
――約束、守るから。
何年も経ってから、本当に会いに来た。
その姿を見た瞬間、胸がいっぱいになった。
この先も、当たり前に一緒にいるはずだったのに。
「……諦めない」
声が震える。
それでも、指は離さなかった。
血に濡れた手が、冷たくなっていく。
何か、あるはず。
方法が――。
―― その時、ふと脳裏に言葉がよぎる。
――共鳴。
『「共鳴って、魂と魂が同調したとき、魔力は石を介さず循環し、肉体・精神・記憶にまで干渉する現象が起こる、って言ってましたよね?」』
『「そうだ。それを使いこなせれば……人や物に働きかける力があるんだ」』
『「その肉体にまで――ってことは、傷口とかの修復もできるってことですかね?」』
『「うーん……それはどうだろうな」
ディランの声が思い出される。
「症例はないから確実には言えない。だが、理屈の上ではできる可能性がある――ってことになる」』
(人と人の魔力を直接繋げることで、治癒する力――。)
伝承に過ぎず、成功例もない。
それでも、
――ここで何もしない方が、ずっと怖かった。
「……セナ。少しだけ、我慢して」
返事はない。
私は歯を食いしばり、目を閉じた。




