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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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168/222

密偵

レイside


夜の街道は静まり返っていた。

月明かりも乏しく、空気そのものが張りつめている。


「……静かすぎますね」


低く淡々と呟いた、一定の歩調を崩さない。視線だけが周囲を測るように巡っている。


「そう? 俺はこういう夜、嫌いじゃないけど」


気楽な口調とは裏腹に、テオの視線は鋭く、無意識に退路を確保していた。


私は、隣を歩く男をあらためて見た。

元暗殺者。“血に飢えた黒狼”と恐れられ、殺しそのものを愉しんでいた存在。

――その男が、今は静かに歩いている。


「……テオさん」


「呼び捨てでいいよ」


一拍置いて、言った。


「ではテオ。あなたはもっと殿下に牙を剥くと思っていました。

ティアナ様に執着する婚約者を、“本気で”消すと」


テオの口元がわずかに歪む。


「少し前の俺なら、そうしてたかもね」


あまりに軽い答えだった。


「俺さ、お嬢さまが一番大事なんだ。

 世界がどうなろうと、誰が死のうと――本当はどうでもいい」


その言葉に、背筋を冷たいものが走る。

善悪ではない。ただ焦点が一つしかない男の危険さ。


だが、テオは足を止め、月のない空を仰いだ。


「お嬢さまは、俺に言ってくれたんだ」


声の調子が、わずかに変わる。

刃のような鋭さが、柔らかく研ぎ直された音。


「『たとえ、そばにいられない時があっても――

 私の想いは、ちゃんとあなたのここにある』」


 テオは、自分の胸を軽く叩いた。


「『そして私も、あなたの想いを受け取って持っていく。

 だから……この先も、私と一緒に生きてくれる?』」


静寂が落ちた。


「……だから俺は、“生き続ける”って選んだ。

 殿下を殺せば、お嬢さまは悲しむ。

 世界が壊れれば、あの人は生きづらくなる」


そして、低く断言する。


「――それは、嫌だ」


私は理解した。

牙は失われていない。ただ、向ける先を一人のために変えただけだ。


「……では殿下も、守る対象なのですね」


「結果的にね。

彼が生きてる限り、お嬢さまは“選べる”。

でも もし誰かが、その選択肢ごと奪おうとするなら――

その時は、昔の俺が帰ってくる」



闇の中で、黒狼は眠っている。

起こす鍵は、ただ一つ――ティアナ様。


その時、地面に残る轍が視界に入った。


「施設用馬車です。重さが一定、定期運行」


「うわ、嫌な匂いしかしない」


やがて、紋章のない馬車が森へと消えていく。


「魔力遮断。外装は古いが中身は最新……」


「真っ当じゃないね、これ」


森の奥。結界の歪み。


私は静かに告げた。


「……場所、ほぼ特定できました。

 ガイル側の研究施設です」


テオは木にもたれて笑う。


「あーあ。絶対面倒なやつ」


2人は短く頷き合い、闇の奥へと溶けていった。

その先に待つのが、守るべき未来か、引き返せない夜か――

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