散歩2
彼は小さく息を吸い、ゆっくりと踏み出した。
剣が描く軌跡は、無駄がなく、静かで。
まるで彼自身の誠実さを、そのまま形にしたようだった。
(やっぱり……好きだな)
剣も、
それを振る人も。
そこへ、
「――大丈夫ですかー??」
ぱたぱたと駆け寄ってきたのは、アレンだ。
ふわふわな髪を揺らしながら、心配そうにこちらを覗き込む。
「お嬢様、もう動いて平気なんですか?
お医者様ちゃんと許可出してました?」
「うん。短時間だけって」
「よかった……」
本気で安心したように、胸をなで下ろす。
まるで子犬みたいに、感情がそのまま顔に出る。
その後ろから、もう一人がゆったりと歩いてきた。
「はは、そんなに慌てなくても大丈夫そうだな」
穏やかな声で笑ったのはロベルトだった。
背も高く、落ち着いた雰囲気なのに、表情はいつも明るい。
「顔色もだいぶ戻ってますね。
無理さえしなければ問題なさそうだ」
「2人ともありがとう。それよりどうしてここに?」
「お嬢様が散歩に出たって聞いて!」
アレンはぴしっと背筋を伸ばす。
「気になって探しにきたんだよな」
ロベルトも頭をかきながら笑う。
「だからお嬢様、何かあったらすぐ言ってください。
遠慮はいりませんよ」
「それは心強いね」
そう返すと、2人とも少し照れたような顔になる。
そのとき、アレンの視線がセナの手に止まった。
「あっ……セナ副団長その包帯どうしたんですか!?」
「大したことない」
「ほんとですか!? それ、痛くないんですか!?」
「問題ない」
「でも包帯きれいに巻いてあります!」
「……お嬢様が手当してくれた」
「えっ!」
アレンの目がきらきらと輝く。
「すごい……!
セナ副団長よかったですね!」
「喜ぶな」
ロベルトはにこやかに頷いた。
「それは心強いな!
剣士の手は命ですから」
「そうですね」
セナは少し照れたように視線を逸らす。
「お嬢様」
ロベルトが柔らかく声をかける。
「少しお疲れではありませんか?」
「……うん、ちょっとだけ」
正直に言うと、アレンがすぐに反応した。
「じゃあ休みましょう!
無理は絶対だめです!」
「声が大きい」
「す、すみません!」
即座に反省。
ロベルトは苦笑しながら言った。
「じゃあ、みんなで中庭のベンチまで行きましょう。
日陰で風も通りますし」
「それがいい」
セナも頷き、4人で歩き出した。
中庭のベンチは、ちょうど木陰に守られていた。
やわらかな風が葉を揺らし、陽光が細かく地面に落ちている。
「ここ、風が気持ちいいですね」
アレンが嬉しそうに言いながら、背筋を伸ばして座った。
「静かで落ち着くな」
ロベルトは肘を膝に乗せ、空を見上げる。
「ほんとですねー!!」
「……静かにしろと言われた理由が分かるだろう」
セナが小さく言うと、
「えっ、俺うるさいですか!?」
「自覚がないところが問題だ」
「がーん……」
そんなやり取りを聞きながら、私はベンチに深く腰掛けた。
風が頬を撫でる。
体の奥に残っていた緊張が、少しずつほどけていくのが分かった。
(……気持ちいい)
陽だまり。
木の葉の音。
誰かがそばにいる安心感。
ふと、まぶたが重くなる。
「……」
気づけば、視界がゆっくりと滲んでいた。
「お嬢様?」
セナの声が、少し近くなる。
「……ん、大丈夫……」
そう言おうとして、言葉が少し遅れた。
アレンが心配そうに身を乗り出す。
「もしかして……眠いんじゃないですか?」
「……ちょっとだけ」
正直に答えると、3人の視線が一斉に集まった。
ロベルトがやさしく微笑む。
「回復期には、眠気が出るものです」
「そっか……」
私は小さく息を吐いた。
「そろそろ、部屋に戻りましょう」
そう言うと、セナはすぐに立ち上がった。
「賛成です。
これ以上の外出は控えたほうがいい」
「じゃあ俺、付き添います!」
アレンが勢いよく立ち上がる。
「転んだら危ないですから!」
「……だから声が大きい」
「すみません!」
ロベルトはくすりと笑い、私の前にしゃがみ込んだ。
「歩けそうですか?
無理なら肩をお貸ししますよ」
「ううん、歩ける……たぶん」
「“たぶん”が一番危ないんです」
優しい声だった。
私は立ち上がろうとして、少しだけふらつく。
「――っ」
すぐに、両側から支えられた。
片方はセナの静かな腕。
もう片方はロベルトの温かな手。
「ほら、ゆっくりでいいですよ」
「焦らなくて大丈夫です」
アレンは少し後ろを歩きながら、真剣な顔で見守っている。
「……なんだか、護衛が多いね」
そう言うと、
「当然です」
「お嬢様ですから」
「それが俺たちの役目です」
3人が口々に答えた。
その声を聞きながら、私は小さく笑った。
けれど数歩進んだところで、また足元がふわりと揺れる。
「……っ」
「お嬢様」
セナがすぐに立ち止まった。
私の様子を一瞬見て、静かに判断する。
「……やはり、無理をなさらないほうがいいですね」
そう言って、彼は私の前に背を向けて膝を折った。
「おんぶします」
「え?」
「……拒否は受け付けません」
淡々とした声だが、いつもより少しだけ強かった。
「で、でも――」
「転ばれるほうが問題です」
「……」
その言い切りに、思わず苦笑する。
「じゃあ……少しだけ」
「はい」
背に乗ると、思った以上に安定していた。
剣を振る腕と同じ、迷いのない支え。
「軽いですね」
「それ、ディランにも言われた……」
「……殿下にも、ですか」
なぜか声が低くなる。
後ろでは、
「セナ副団長かっこいいです!」
「さすがだなぁ」
と、アレンとロベルトが感心している。
「静かにしろ」
「はい!」
回廊へ続く道を、セナはゆっくりと歩いていく。
歩調は一定で、揺れもほとんどない。
「……安心する。なんかいいにおい…」
思わず漏れた言葉に、セナの背がわずかに強張った。
「そう言っていただけるなら……光栄です」
そのときだった。
「――セナ」
低く、よく通る声が響く。
顔を上げると、柱の影からディランが現れた。
こちらを見て、一瞬だけ目を細める。
「やはり、外に出ていたか」
「殿下」
セナは足を止め、一礼する。
アレンとロベルトも慌てて姿勢を正した。
「お嬢様の体調が完全ではありません。
部屋へ戻る途中です」
「見れば分かる」
ディランの視線が、私の様子を静かに確かめる。
「……顔色が落ちている」
「ちょっと眠いだけ……」
そう言うと、彼は小さく息をついた。
「交代しよう」
「……殿下?」
「俺が運ぶ」
即答だった。
「ですが――」
「セナを信用していないわけではない」
ディランはきっぱりと言う。
「ただ、ここから先は俺の役目だ」
その声に、揺るぎがない。
セナは一瞬迷い、やがて静かに頷いた。
「……承知しました」
彼はゆっくりと私を下ろす。
足が地につくと、少しだけふらつく。
その瞬間、ディランの腕が迷いなく伸びた。
「つかまれ」
そう言って、私の前に背を向ける。
「……また?」
「今度は婚約者の権限だ」
「ずるい……」
小さくそう言いながら、私はその背に身を預けた。
セナは一歩下がり、静かに頭を下げる。
「お嬢様を、よろしくお願いいたします」
「ああ」
短い返事。




