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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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揺れる熱情8

アリスが作ってくれたスープを、もう一口すくう。


湯気と一緒に、やさしい香りが立ちのぼった。


「あの……」


「なんだい?」


「まだ、いるのですか?」


ディランは椅子に腰掛け、頬杖をついたままこちらを見ている。


「うん。きみが食べ終わるまで」


「……食べにくいのですが」


「気にしないでくれ」


「……気になります」


視線を避けようとしても、ディランの瞳は一瞬も逸れない。


「じゃあ、私が食べさせようか」


「結構です」


即答する。


「つれないなあ」


そう言いながらも、ディランは少し楽しそうに微笑う。


そのとき――


「失礼いたします」


扉が静かに開いた。


入ってきたのは執事のユウリだった。


「…………」


部屋に漂う微妙に甘ったるい空気を一瞬で察し、片眉を上げる。


「殿下」


「なんだい、ユウリ」


「朝食中のお嬢様に、視線を向け続けるのはお控えください」


「見守っているだけだよ」


「それを“圧”と申します」



ユウリはため息をつき、ディランの背後へ回る。


「殿下。お嬢様は逃げません」


「……分かっている」


「でしたら、少し距離を」


「近くにいないと、落ち着かないんだ」


あっさり言われて、私がスプーンの手を止める。


「……ディラン」


「ん?」


「そういうことを、さらっと言わないでください」


耳まで赤くなるのを自覚しながら言うと、


ディランは一瞬きょとんとして――


それから、いつものように柔らかく笑った。


「困らせた?」


「……はい」


「それは悪かった」


そう言いながら、席を立つ気配はまったくない。


ユウリは額を押さえた。


「……まったく。」


ユウリと入れ違いに、レオが部屋へ入ってきた。


「お嬢さーん、おはよう!

調子はどう??」


そう言いながら、レオは両手に抱えた籠を持ち上げる。


「りんごゼリーも作ってきたんだ!」


「……あれ、殿下もいる」


少しだけ目を丸くしたあと、すぐにいつもの笑顔に戻る。

にこにこと人懐っこい笑顔のまま、レオは部屋の中へ入ってきた。


テーブルに籠を置くと、透明な器に入った淡い琥珀色のゼリーが、朝の光を受けてきらりと揺れる。


「喉ごしがいいように、少し柔らかめにしてあるんだ。

お嬢さん、食べられそう?」


「……うん」


私がそう答えると、レオは嬉しそうに頷いた。

レオは器を手に取ると、にこっと笑って私のそばに腰を下ろした。


「じゃ、俺が食べさせますね。

ほら、りんごゼリー。冷たすぎないから」


「ありがとう……」


スプーンが口元へ近づいた、その瞬間。


「待て」


低い声が割り込む。


レオの手がぴたりと止まった。


「……殿下?」


ディランは一歩前に出て、静かに言う。


「俺がやろう」


「え? いいですよ!?殿下ずっと付き添ってて疲れちゃったでしょ!」


「疲れてないよ」


「いや、いいですって」


レオは苦笑いを浮かべる。


「看病は慣れてるほうがいいかなって。

殿下、不器用そうですし」


ぴくり。

ディランのこめかみが、わずかに動いた。

ディランに不器用というのはレオぐらいだろうな。


「……不器用だと?」


「ほら、距離感とか。近すぎたり遠すぎたりしそうで」


「余計な心配だ」


ディランはレオの持つ器に手を伸ばす。


「彼女は俺の婚約者だ」


「それって契約上でしょ?」


レオは器をひょいと引いた。


「婚約者って言葉で独占しないでくださいよ」


「独占ではない。保護だ」


「言い方がもう独占なんですよ!」


2人の間で、スプーンが宙に浮く。


「俺が食べさせる」


「俺です!」


「殿下は威圧感がある」


「レオは軽すぎる」


「軽くて結構!」


視線がばちばちと火花を散らす。


「……」


私は開きかけた口をそっと閉じた。


「殿下、力入れすぎです」


「レオは近づきすぎだ」


「お嬢さんが緊張するでしょ!」


「俺のほうが安心するはずだ」


「聞きました!? 本人に聞きました!?」


2人同時に、私を見る。


「ティアナ、どちらが――」


「お嬢さん、どっちが――」


さすがに限界だ。


「……ふたりとも」


静かな声。


だが、ぴたりと空気が止まる。


「出てってください」


「……え」


「今すぐです」


感情を抑え淡々と告げる。


レオが最初に我に返る。


「す、すみません……」


「申し訳ない」


ディランも深く頭を下げた。


「少し、うるさかったですね」


「……少しじゃない」


私は毛布をぎゅっと握る。


「食べるどころじゃない」


2人は顔を見合わせ、同時に視線を逸らした。


「……廊下で反省してきます」


「俺もだ」


そろって扉へ向かう背中に、私は小さく付け加える。


「戻ってくるときは……静かにしてください」


「はい……」


「心得た……」


扉が閉まる。


ようやく訪れた静寂の中、

りんごゼリーだけが、テーブルの上で静かに揺れていた。



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