揺れる熱情7
ティアナ side
……朝。
柔らかな光が、
カーテン越しに差し込んでくる。
「……ん……」
目を開けると、
身体の重さはだいぶ引いていた。
喉も、楽。
視界に入ったのは、
見慣れた天井。
――いっぱい、寝た。
「ふー……」
ほっと息をつく。
「おはよう」
すぐ近くから、
落ち着いた声がした。
「――っ!?」
反射的に身体を起こしかける。
「ディ、ディラン!?」
ベッドの横。
椅子に腰掛け、
肘をついたまま、
こちらを見ているディラン。
……普通にいる。
余裕の表情で。
「驚きすぎだよ」
「い、いつから……?」
「君が寝息を立て始めてから」
……それは、
ずっと、という意味では。
「……もしかして……」
昨夜のことが、
断片的に蘇る。
手を握られていた感覚。
低い声。
『朝までいる』と言われた気が――
「……まさか……」
「うん」
即答だった。
「一晩中、いたよ」
「!!」
一気に顔が熱くなる。
「ち、ちが……っ
あの、それは……!」
しどろもどろになる私を、
ディランは面白そうに眺める。
「安心して」
「何もしていない」
……言い方が、ずるい。
「ちゃんと、
君が眠るのを見守っていただけだ」
「……見守るって……」
「看病とも言うね。ただ…」
くすっと、余裕の笑み。
「口を開けてヨダレが垂れていたよ」
「っ!?」
慌てて口元を拭う。
「冗談だ」
……むかっ。
「でも」
少し声を落として、
「熱で甘えた君は、
なかなかに貴重だったよ」
「――っ!!」
完全に毛布を引き上げる。
「わ、忘れてください!!」
「それは無理だな」
即答。
「~~~っ!!」
「ティアナ」
布団越しに、
優しく名前を呼ばれる。
「……なに?」
小さく返すと、
彼は少しだけ表情を和らげた。
「熱は下がっている」
「今日は、無理をしない」
「わかったね?」
……昨夜と同じ。
優しくて、
逃げ場のない声音。
「……はい」
そう答えると、
満足そうに頷いた。
「いい子だ」
……その一言で、
胸がまた、うるさくなる。
ディランは立ち上がり、
窓を少し開けた。
朝の風が、
静かに部屋へ流れ込む。
「朝食は、アリスが用意している」
「あとで皆にも顔を見せてあげて」
「心配していたからね」
「……うん」
そして、振り返る。
「ちなみに――」
少しだけ、
悪戯っぽく。
「弱っている君は、特別可愛すぎだよ。
昨日の君は 俺だけのものだ」
……何をいってるんだ、本当に。
顔が熱いのは、
もう、熱なんかじゃない。
こんこん、と。
少し強めのノック音が響いた。
「失礼いたします」
扉が開くと同時に、
朝食のワゴンと一緒に現れたのはアリスだった。
いつもより歩幅が早い。
表情も、どこか険しい。
「お目覚めになられましたか、お嬢様」
「うん…おはよう」
そう答えるより早く、
彼女はずいっと私の額に手を伸ばす。
「……熱、なし」
「喉の腫れも、問題なさそうですね」
ほっと息をついた、次の瞬間。
――ぎろり。
視線が、真後ろに立つ人物へ突き刺さった。
さっき出て行ったはずでは…
「……殿下」
「なにかな、アリス」
ディランは涼しい顔だ。
「一晩中、同じ部屋にいらしたと伺いましたが」
「ああ」
即答。
「看病だよ」
「…………」
アリスの目が、すっと細くなる。
「“看病”とは、具体的にどこまででしょうか」
「水を飲ませたり、熱を測ったり、
手を握ったり」
「殿下」
ぴしっ。
「最後の一つが、非常に引っかかります」
「必要だった」
「必要以上では?」
「必要最小限だ」
「判断基準が殿下基準では困ります」
……ひぃ。
2人の間に、目に見えない火花が散っている。
「お嬢様はご病気で、意識も朦朧としておられたのです」
「その状況で、若き健全な男性が――」
「健全は余計だ」
「いえ、重要です」
きっぱり。
「念のため確認いたしますが」
アリスはずいっと一歩踏み出した。
「――本当に、何もなさっておりませんね?」
「誓って」
即答。
「王家の名にかけて?」
「もちろん」
「騎士団と国民と、先王陛下の御名にかけて?」
「ふふ、もちろん」
苦笑いしながら答えるディラン。
「……アリス」
私が思わず口を挟むと、
「お嬢様、どうか黙っていてください」
即座に遮られる。
「ここは重要案件でございます」
重要案件。
「殿下」
なおも疑いの目。
「仮に――ほんの少しでも距離が近すぎたなど」
「ない」
「夜通し、見つめていただけ、とか」
「……それはあった」
「殿下!!」
「眠っていたから問題ないだろう」
「問題しかありません」
ぴしり。
空気が震えた。
「……アリス」
ディランが珍しく視線を逸らす。
「君の忠誠と心配は理解している」
「だが」
静かに続けた。
「彼女を傷つけるようなことは、
絶対にしない」
その声音は、冗談の欠片もなく真剣だった。
アリスは一瞬言葉を失い、
やがて深く息を吐く。
「……承知いたしました」
「ですが」
ちらり、と私を見る。
「お嬢様に少しでも異変がございましたら」
再びディランへ。
「私は、殿下であろうと容赦いたしませんので」
「覚悟しておくよ」
苦笑混じりの返答。
アリスはようやく表情を緩め、
ワゴンを私の側へ寄せた。
「では、改めまして
朝食をお持ちいたしました。
本日は胃に優しい献立でございます」
スープの湯気が、ふわりと立ちのぼる。
「ゆっくりお召し上がりください、お嬢様」
ディランと視線が合う。
彼は小さく肩をすくめて、
苦笑しながら囁いた。
「……君の周りは、手強い味方ばかりだね」
「はい……」
本当に、その通りだった。




