揺れる熱情4
ルイが出て行ったあとハニーレモンソーダを、
少しずつ飲んでいると――
控えめなノックの音がした。
「……どうぞ」
扉が、ゆっくりと開く。
「失礼します」
そこに立っていたのは、
セナだった。
「セナ……?」
「……お加減、いかがですか」
声が、少しだけ硬い。
「だいぶ、よくなったよ」
そう答えると、
セナは小さく息を吐いた。
「……よかった」
それだけ言って、
一歩、部屋に入る。
でも、
それ以上は近づかない。
「来ようか、
迷ったんです」
視線を伏せたまま、
正直にそう言う。
「療養中だと聞いて……
邪魔になるかもしれないと」
「でも」
拳を、
ぎゅっと握りしめる。
「……どうしても、
顔を見ておきたくて」
その言葉に、
胸がきゅっとする。
「心配かけて、ごめんね」
そう言うと、
セナは首を振った。
「謝られるようなことじゃありません」
「俺は、
騎士ですから」
「……湖でのことききました。
また無理をしたんですね、
聞いたのか…
怒られるかな
「少しね」
笑って答える。
「……セナ、来て」
「何でしょう」
ゆっくりと
近づいてきた彼の手を、
そっと引く。
「え……?」
一瞬、驚いた顔。
そのまま、
彼の手を両手で包む。
「やっぱり……」
親指で、
固くなった部分をなぞる。
「豆、つぶれてる」
セナは、
少し気まずそうに視線を逸らした。
「……訓練の成果です」
「剣、振りすぎ」
そう言ってから、
小さく付け足す。
「……お互いさま、だけどね」
彼は、
小さく肩をすくめた。
「……お嬢様が、
無茶をなさるものですから」
「そうだね」
私は、
その手を離さずに続ける。
「でも、いつも……
無茶に付き合ってくれる」
一瞬、
セナの指先が強張る。
「それはもちろんです」
静かに、
迷いのない声。
「私は、
お嬢様の騎士ですから」
少しの沈黙。
「……でも、だめだね」
私が、
ぽつりと言う。
「無理しすぎるのも。
怪我したら、大変だよ」
その言葉に、
セナは困ったように笑った。
「……あなたに言われると、
反論できませんね」
罰が悪そうで、
それでもどこか嬉しそうな表情。
ゆっくりと、
手が離される。
――はずだった。
セナは、
一歩だけ、こちらに近づいた。
ほんの半歩。
吐息が触れるほどの距離。
視線が絡み、
言葉が、止まる。
「……」
セナの喉が、
小さく鳴る。
伸ばしかけた手が、
途中で止まった。
指先が、
私の頬に触れそうで――触れない。
「……」
一瞬、
何かを決意したような目。
けれど、
次の瞬間には、
その一歩を引いた。
「……失礼しました」
低く、
抑えた声。
「今は……
いけませんね」
自分に言い聞かせるように、
そう呟く。
「療養中のお嬢様に、
余計な負担をかけるわけには」
深く一礼し、
距離を取る。
「どうか、
ゆっくりお休みください」
扉へ向かう背中は、少しだけ、
強張っていた。
セナが部屋を出ていったあと、
少しだけ、胸が静かになった。
代わるように――
ユウリとアリスが、交代で看病に入ってくれた。
「お嬢様、少し失礼しますね」
アリスはそう言って、
濡れた布で、そっと額や首元の汗を拭いてくれる。
「……気持ちいいですか?」
「うん……」
熱でぼんやりしながら、
素直に頷く。
「汗、かいてますから。
着替えましょうね」
慣れた手つきで、
身体を支え、服を替えてくれる。
その仕草があまりにも自然で、
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
そのあと、
扉の向こうが少し騒がしくなる。
「お嬢様大丈夫ですかー?」
「無理すんなよー」
アレンとロベルトの声。
扉を小さく開けた隙間から
手を振っているのがわかる。
「見舞いは禁止って、
ユウリさんに追い返されまして」
「でも、心配してるからな!」
思わず、
小さく手を振り返す。
しばらくして、
ユウリが戻ってきた。
「お嬢様、こちらを」
差し出されたのは、
小さな包みと、短い手紙。
「レイさんからです。
“お大事になってください”と」
包みを開くと、白磁のように淡く透き通ったのど飴、
ほのかに、蜂蜜と銀葉ミントの香りが漂った
「直接来るのは控えた方がいいだろう、
とのことでした」
「……レイさんらしいね」
そう呟き、私はのど飴を口に入れる。
蜂蜜の甘さとミントの爽やかが口に広がる。おいしい。
ユウリは静かに微笑む。
「皆様、
お嬢様のことを本当に案じておられます」
「それに――」
少しだけ、
声を柔らかくして。
「それだけ、
大切にされているということです」
……熱のせいか、
胸が、じんとする。
迷惑ばかりかけているはずなのに。
それでも、
こんなにも想われている。
まぶたが、
重くなってきた。
「……ユウリ」
「はい」
「ありがとう」
「こちらこそ」
静かに毛布を整えられ、
意識が、また深く沈んでいく。
眠りに落ちる直前、
こんな思ってくれる仲間がいて幸せだなと思う。




