揺れる熱情1
ディランと出かけた翌日、目を覚ました。
……なんだか、身体がだるい。
眠りが浅かったわけでもないのに、
手足に、微かな重さが残っている。
けれど、今日からまた訓練だ。
共鳴の精度を、さらに上げていかなければならない。
ベッドから起き上がると、
一瞬、視界が揺れた。
「……おっと」
思わず壁に手をつく。
けれど、すぐに立て直す。
……問題ない。
きっと、少し疲れているだけだ。
そう思って、部屋を出た。
広間に入ると、
すでにみんなが集まっていた。
アリスとレオが朝食を作り、
アレンとロベルトが、それを手際よく並べている。
「みんな、おはよう」
声をかけると、
「お嬢様、おはようございます」
アリスが丁寧に頭を下げる。
「おはようございます」
アレンとロベルトも爽やかに挨拶する。
「お嬢さん、おはよう!
今日の朝はフレンチトーストだよ」
レオが誇らしげに言う。
「やったっ」
思わず、頬が緩んだ。
ディランの別荘で食べたフレンチトースト。
あの味を再現しようと、
何度も試してくれているのを知っている。
「お嬢さまー、おはよう」
テオが、いつもの調子で緩く笑う。
「おはよう、テオ」
すると、
ルイが私の手元に視線を落とし、楽しそうに目を細めた。
「おはようティアナちゃん。
ねぇ……その指輪、殿下から?」
「……一応、形だけね」
曖昧に返すと、
意味ありげな笑みが返ってきた。
……深掘りはしないでほしい。
周囲を見渡すと、
セナとディラン、
それからレイさんの姿は、まだ見えない。
そのとき――
「お嬢様、少し失礼します」
「……え?」
ユウリが、
迷いのない動きで近づき、
私の額に、そっと手を当てた。
その瞬間、
自分の体温が、妙に高いことに気づく。
「……お嬢様」
ユウリの声が、低くなる。
「熱があります」
一斉に、
広間の空気が変わった。
……あれ?
そう思った瞬間、
さっきまで我慢できていた重だるさが、
一気に身体を支配した。
これは――
思っていたより、
「問題ない」状態ではなかったらしい。
「え、ちょっと待って。
たぶん疲れが――」
言い終わる前に、
ユウリは私の額から手を離し、
はっきりと言い切った。
「本日の訓練は、中止です」
「え?」
思わず声が裏返る。
「ユウリ、訓練は今日から大事な――」
「お嬢様」
遮るように、名前を呼ばれた。
声は低く、感情を抑えたものだ。
「この状態で共鳴訓練を行えば、
魔力暴走、もしくは精神過負荷の危険があります」
広間が、しんと静まり返る。
「これくらいなら……」
「“これくらい”ではありません」
即座に否定された。
「現在も体温が高く、
魔力の巡りが不安定です」
……何も言えない。
「今日は休養を最優先とします。
訓練は、私の判断で全面中止です」
その言葉に、
アリスがすぐに頷く。
「お嬢様、お部屋へ戻りましょう」
「えっ、ちょ……」
「フレンチトーストじゃなくてお粥をつくりますよ!」
レオまで援護に回る。
フレンチトーストは食べたかった…
「……みんなして」
抗議しようとしたが、
身体が言うことを聞かない。
一歩踏み出した瞬間、
足元がふらついた。
その瞬間――
「……危ない」
ユウリが、すぐに支える。
腕を取られ、
逃げ場を失う。
「ほら、やはり」
淡々とした声だが、
いつもより、ほんの少しだけ強い。
「お嬢様は、
ご自身の限界を見誤る癖があります」
……否定できない。
「今日は、
“何もしない”ことが訓練です」
そう言い切られてしまえば、
もう、何も言えなかった。
連れられて広間を出る途中、
ルイが肩をすくめて囁く。
「殿下に伝えておくわ」
……それは、それで、
少しだけ、気まずい。
でも。
ユウリの手は、
決して強くないのに、
不思議と逆らえなかった。
――たぶん、本当に。
今日は、休むべき日なのだ。
アリスに促され、そのままベッドに寝かされる。
「無理はなさらないでくださいね、お嬢様」
そう言われて初めて、
身体が思った以上に重いことに気づいた。
……昨日、湖に潜ったせいだろうか。
初夏とはいえ水温はかなり冷たかった。
それに、共鳴も、少し無理をした。
ぼんやりと天井を見つめていると、
控えめなノックの音がする。
「失礼するよ」
「……ディラン?」
入ってきたディランは、
いつもの余裕を少しだけ削ぎ落とした表情をしていた。
「ユウリから聞いた。
熱があるんだね」
ベッドのそばまで来て、
私の様子を確かめるように視線を落とす。
「湖に潜ったことが原因かな。
それとも、共鳴の使いすぎか」
「……どうでしょう」
「たぶん、両方だろうね」
そう言って、小さく息を吐く。
「……心配をかけて、すみません」
思わずそう口にすると、
殿下は少し困ったように笑った。
「謝ることじゃないよ」
そう言って、
ベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「心配ぐらい、させてくれ」
その声は柔らかくて、
でも、どこか譲らない響きがあった。
額に、そっと手が触れる。
「……やっぱり、少し熱い」
「大丈夫です」
「その“大丈夫”が、一番信用ならない」
苦笑まじりに言われて、
言い返せなくなる。
「今日は、何も考えなくていい」
殿下はそう言って、
私の手元に水の入ったグラスを置いた。
「君の役目は、休むこと。
それ以外は、俺たちに任せてくれ」
安心してしまうではないか。
「少し眠るといい」
そう言って、布団をかけなおす。
瞼が、ゆっくりと閉じていった。




