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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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兄と妹

ディランside


ティアナが無事で、本当によかった。


迷いなく湖へ飛び込んでいった。

止める暇など、まるでなかった。


マルクとも、ナナ嬢とも、

特別に親しいわけじゃないはずだ。

それなのに、躊躇が一切なかった。


彼女がそういう人間だということは、知っていた。

一緒に戦うと決めたときから、

理解しているつもりだった。


誰かが危険に晒されているとき、

自分の立場も安全も後回しにできる人間だということも。

決して無謀でも、ただのお人よしでもない。

あの状況で「自分が行くべきだ」と、

合理的に判断したのだということも、わかっている。


「全部を守りたいわけじゃない」

彼女はそう言った。

「大切なものを守りたいだけだ」と。


……それにしたって、

君の大切なものは多すぎる。


肩にジャケットをかけようとしたが、

彼女はあっさりと断った。


「大丈夫ですから」


その微笑みに、言葉を失う。

それ以上、強く出られない自分が情けない。

ナナ嬢を気遣っての行動だということも、理解できてしまうから。


……風邪をひかなければいいが。


それにしても。

今日は、2人きりのデートだったはずなんだ。

訓練の合間を縫って、

ようやく作った時間だった。


だからこそ、

少し――いや、正直に言えば、かなり寂しい。


また誘えばいい。

そう思えるくらいの余裕は、

持っていたいところだが。


それにしても、今日のティアナは可愛かった。

飾らない、彼女らしいワンピース。


夜明けのような柔らかな髪も、

透けるほど白い肌も。

歩くたびに、視線を奪われた。


周囲の景色よりも、

湖面に映る彼女の姿ばかりが、

やけに鮮明に残っている。


……あれは反則だろう。


彼女はきっと、無自覚だ。

自分がどれほど人の心を揺らしているのか。


だからこそ、俺は――

焦る。


守りたいという気持ちと、

縛りたくないという理性が、

いつも胸の奥でせめぎ合う。


だが、次は。

次こそは、もう少しだけ、我がままになってもいい。


湖に飛び込む前に、

その腕を掴める距離を。


……彼女が無茶をする前に、

俺が先に、一歩踏み出せるように。


次に誘うときは、

何事も起こらない、穏やかな場所がいい。



コホン。

マルクが一度、咳払いをしてから口を開いた。


「あの、殿下……」


「ん?」


呼びかけに応じると、

彼は一歩下がり、深々と頭を下げた。


「先ほどは、助けていただきありがとうございました」


その姿に、少し拍子抜けする。

マルクという男は、もっと不器用で、

感情を言葉にしないタイプだと思っていた。


「助けたのは、君の妹だ」


そう告げると、彼は顔を上げて首を振る。


「ですが、光の魔力で手助けしてくださったと聞きました。

本当に、ありがとうございます」


「……そうか」


短く返すと、

彼はさらに言葉を続けた。


「それと……リチャードの件も。

片付けてくださって、ありがとうございます」


「あれは、ティアナのためだ。

それに、あいつは野放しにしておけない人間だった」


事実を述べただけのつもりだったが、

マルクは一瞬、唇を噛みしめた。


「それでも……」


声が、わずかに低くなる。


「知り合いの令嬢が被害に遭っていたのに、

俺は、何もできなかった。

だから……ありがとうございました」


再び、深々と頭を下げる。


……なるほど。


予想外だが、

この男は、自分の無力さをちゃんと認められる人間らしい。


「気にすることはない」


そういうと顔をあげ安堵しているマルクに



「君は一応、ティアナの兄だからね。

――そして、いずれは私の義理の兄になる」


そう告げると、

マルクは一瞬、言葉を失った。


「……ご冗談を」


「冗談に聞こえるかい?」


静かに問い返す。


「私は、ティアナを逃がすつもりはないよ」


口元を歪めて、軽く笑う。

自分でもわかるほど、声音は穏やかなのに、

意志だけがやけに重い。


その瞬間、

マルクの肩がびくりと跳ねた。


「……あなたが言うと、

妹を檻にでも入れて閉じ込めそうだな」


「それも、悪くないかもしれないね」


間を置かずに返すと、


「こわ!!」


即座に突っ込まれた。


……失礼な。

ちゃんと自由は与えるつもりだ。


ただし、

どこへ行くにしても、

何をするにしても、

必ず俺の視界の中に置くだけで。


それだけの話だ。


マルクはため息をつきながらも、

どこか諦めたような目でこちらを見る。


「……妹が選んだ相手が、

殿下でよかったのか、悪かったのか……」


「さてね」


肩をすくめる。


「……妹を、まあ……少しは大事にしてくれ」


ぶっきらぼうに、マルクがそう言った。


「意外だね。

君はティアナのこと、嫌っているのかと思っていたよ」


「嫌いじゃない」


即答だった。


「……気に入らないんだ」


「ふうん」


短く相槌を打つと、

彼は視線を逸らしたまま、続ける。


「昔はさ……

お兄様、お兄様って、可愛く後をついてきてたんだ」


一瞬、懐かしむような間。


「でも、剣術や馬術を始めてからだ」


声が、少しだけ低くなる。


「俺が百回、千回やって、

やっとできるようになったことを……

あいつは、数回でできるようになった」


「何をやっても、あいつの方が上だ」


拳を握りしめる音がした。


「それだけじゃない。

努力もする。挫けない」


吐き捨てるように言う。


「……天才が努力したら、

凡人がどうやったって、届くわけないだろ」


「不貞腐れたくもなるさ」


その言葉を聞いて、

胸の奥が、静かに疼いた。


――思い出したのは、兄のことだ。


何でもそつなくこなす兄。

人格も、能力も、

王としての資質は、俺よりはるかに上だった。


それなのに、

瞳の色が違うというだけで、

王位継承権から外された。


……俺より、よほど出来た人間だったのに。


「……俺も、わかるよ」


自然と、言葉が零れた。


どれだけ努力しても届かない。

いや、届かないどころか、

最初から“見られてもいなかった”

幼少期を思い出す。


マルクが、苦虫を噛んだような顔でこちらを見る。

その顔は少しティアナに似てるかもしれない。


「……あなたに、わかるわけないだろ」


吐き捨てるように言いながら

どこか拗ねた子どものような声音だった。


「あなたもティアナと同じ、天才側だ。

それに……努力を、し続けられる才能まである」


「厄介な人たちだよ」


そう言って、

不貞腐れたように笑う。


……確かに。


だが。


「それでも、いつか向き合わなきゃいけない日が来る」


前を見据えて、静かに告げる。


逃げ続けることは、できない。

憧れも、劣等感も、

血を分けた存在からは、逃げられない。


「……わかってる」


小さく、マルクが呟いた。


それは、

誰に向けた言葉でもなく、

自分自身に言い聞かせる声だった。


――ティアナは、強い。


だが、

その強さを一番間近で見てきたからこそ、

彼は、誰よりも苦しかったのだろう。

まあ、気持ちはわからなくもないが同情する気はないけれど。


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