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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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ちぐはぐデート2

ディランside


湖面が、不自然に波立っていた。


ボートの縁に立つ俺は、

一瞬だけその異変に目を細める。


――3人落ちた。


否。

落ちたのは1人。

もうは、2人飛び込んだ。


(……ティアナ)


彼は小さく息を吸い、表情を整えた。


焦りはある。

だが、それを顔に出すわけにはいかない。


「……魔女の雫、か」


低く呟き、湖の魔力の流れを読む。

黒い瘴気が水中で絡まり、確実に人を引きずり込んでいる。


(あのマルクが気づいていないのは想定内だな)


ディランはボートの上で体勢を低くし、

湖面に意識を集中させる。


直接飛び込む?

――いや、


水中で暴れれば、

ティアナの“共鳴”を乱す可能性が高い。


(信じろ。彼女ならできる)


彼は決して無謀な賭けはしない。


「マルク!」


張りのある声が湖に響く。


「ナナ嬢の腕を離すな!

何があってもだ!」


その声には、王族として人を動かす“力”があった。


湖の中、

マルクの動きが一瞬だけ安定するのを感じ取る。


(よし)


俺はそっと片膝をつき、

指先を水面に浸す。


――介入は最小限。


魔力を流し、湖全体の循環を整える。

黒い瘴気を直接排除するのではなく、

“ティアナが壊しやすい形”に誘導する。


「……頼むよ」


それは、祈りに近い呟きだった。


共鳴が始まった。


湖底から、

彼女の魔力がはっきりと伝わってくる。


ディランは、ぎゅっと拳を握る。


(無事で……帰ってこい)


ティアナside


――力をぶつけない。

流れを読み、循環させる。


そうすれば、相手を強くすることもできるし、

守ることもできる。


――ナタリーさんの言葉が、脳裏によみがえる。



訓練は、何度も繰り返してきた。

まさかこんな形で、実践することになるとは思っていなかったけれど。


最近重点的にやっていたのは、

“仲間を強くするための共鳴”。


複数の魔力を束ね、底上げするための技術だ。


でも――今、必要なのはそれじゃない。


(魔宝石に、直接語りかける)


(そう……

これは、共鳴を使った浄化)


(壊さず、否定せず、

同じ宝石の響きで、心を正しい場所へ戻す)



浄化とは、断つことではない。


壊すことでも、押さえつけることでもない。


同質の宝石は、刃を介さずとも響き合い、

心の歪みを正しい位置へ戻す



私は剣を握る。


柄に嵌め込まれた宝石が、

淡く、静かに光を帯びた。


(ラピスラズリ……)


私の剣の宝石。

誓いと理性を宿す、蒼の石。


そして、目の前にある――

歪んだ感情を溜め込んだ、魔女の雫。

だけど、水中が驚くほど穏やかだ。

ディランの魔力を感じる。

さすがだ。一人じゃない…そう思えるだけでこんなに心強い。


(同じ“宝石”なら……)


そっと魔力を流し込む。


(響いて)


ラピスラズリの光が、水中で広がる。

柔らかく、しかし確かな意思を持って。


魔女の雫が、震えた。


拒絶ではない。

戸惑いの揺れ。


(大丈夫……戻れる)


私は心を澄ませ、

石の奥に溜まった歪みへと語りかける。


誰かの記憶…

嫉妬

失恋…叶わなかった願い。



それらを否定しない。


ただ、正しい位置へ。


蒼い光と、黒く濁った輝きが、

ゆっくりと重なり合う。


――カン、と。


水中で、小さな音が響いた。


それは、壊れる音ではなく。


整う音だった。


魔女の雫から、黒い靄がほどけていく。

絡まっていた呪いが、静かに、静かに溶けていく。


(……浄化、成功)


(あとは……)


私はマルクとナナ嬢を見る。


水越しに、マルクと目が合った。


――通じた。


私が小さく頷くと、

マルクは迷わずナナ嬢を抱え、

力強く水を蹴って上へ向かう。


(……大丈夫)


その瞬間、視界が白く霞んだ。


(上、まで……)


意識が遠のきかける。

肺が限界を訴え、息が――


(……だめ、もう……)


そのとき。


柔らかな光の魔力が、

私たちを包み込んだ。


下から押し上げるように、

水の流れそのものが変わる。


(……ディラン)


迷いのない、静かな魔力。

焦りを押し殺した、冷静な判断。


剣のラピスラズリが、

最後に淡く瞬いた。


役目を終えたように。


――「よく、やった」


そんな声が、

水越しに、確かに聞こえた気がした。


そのまま、

私は光と水に抱かれながら戻ってきた。


「はあ、……あ、……」


一気に空気を吸い込む。


(し、死ぬかと思った……)


喉がひりつき、胸が痛い。

それでも、ちゃんと息ができている。


顔を上げると、

マルクとナナ嬢も同時に大きく息を吸っていた。


――よかった。

2人とも、無事だ。


「ティアナ、よくやった」


ディランがそう言って微笑み、

私の腕を掴んでボートへ引き上げてくれる。


その動きは慎重で、無駄がない。


次にナナ嬢、

そして最後に、ずぶ濡れのマルクも引き上げられた。


「げほっ、ごほっ……!」


「ナナ、大丈夫か!?」


マルクが慌てて彼女の背をさする。


「え、ええ……大丈夫……」


ナナ嬢はそう答えながらも、

まだ少し息が苦しそうだ。


「……ありがとう」


小さく、でもはっきりとした声。


その視線が、私に向けられる。


湖面は静まり返り、

さっきまでの禍々しさが嘘のようだった。


ボートの上には、

安堵と疲労と、まだ言葉にできない感情が混じった

重たい沈黙が落ちる。


私は濡れた前髪をかき上げながら、

小さく息を整えた。



ボートを静かに岸によせる。

降りた瞬間だった。


ディランが何も言わず、

さっと私の肩に上着をかけようとする。


……けれど。


「だ、大丈夫です」


思わず一歩下がり、手で制した。


一瞬だけ、ディランの動きが止まる。


視線が合い、

彼はすぐに状況を理解したように、ふっと小さく息を吐いた。


「……そう」


それ以上、何も言わない。


ディランはそのまま向きを変え、

今度はナナ嬢の肩にそっと上着をかけ直した。


「まだ冷える。無理はしないで」


「……ありがとうございます」


ナナ嬢は驚いたように目を瞬かせ、

それから静かに頷いた。


「…とりあえず」


ナナ嬢が、まだ少しかすれた声で口を開いた。


「この近くに、私の別荘がありますの。

服も乾かせますし、休める部屋もありますわ」


一瞬、全員が顔を見合わせる。


確かにこのままでは、ずぶ濡れで大変だ。


「それがいい」


ディランが即座に頷いた。


「……そうだな」


マルクも珍しく素直に同意する。

ナナ嬢の肩にかけていた上着を、そっと直した。


私も小さく頷いた。


「助かります」


ナナ嬢はほっとしたように微笑む。


「では、決まりですわね」


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