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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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ちぐはぐデート1

ナタリーさんとの別れから数日訓練に明け暮れていたとき、


「今日は休みにしよう」

ディランの提案に、みんなが頷く。


「俺、街に行きたい!久々に料理したいし、買い物もしてくる!」

レオが元気よく声を上げる。


「私も街に行きたいわ。軽くお土産を買って、自分のお店も見てくるわ」

ルイも笑顔で答える。


「俺は寝るー」

気怠げにテオがあくびをする。


アレンとロベルトも剣の手入れしょうと話をはじめる。

こうして、それぞれが自分の休暇を楽しもうとする様子を見て、ディランはふとティアナの方を見やった。


「ティアナ、私とデートしよう」



「デートですか?」

思わず声が上ずる。


「婚約者同士だろ?お披露目のこともあるし、その前に2人で時間を過ごそう」

ディランはにっこりと笑った。


「わかりました」

私は少し照れながらも、小さく頷いた。


ディランと街にやってきた。


「さて、お姫様、お手をどうぞ」

ディランがわざとらしくそう言う。


戸惑っていると、スッと手を引かれる。

「今日はデートだ。はぐれたら大変だしね」

軽い調子のその言葉に、思わず笑みがこぼれる。


街の雑踏を抜けながら、2人で歩く。

こんな穏やかで優しい時間は久しぶりだ。

窓際の花や香ばしいパンの匂い、街の人々の笑顔。

すべてが、心をふんわりと温める。


「カフェにでも入ろうか」

「はい」


席に着くと、私は少し気になっていたことを口にする。

「そういえば、ディラン……共鳴って、魂と魂が同調したとき、魔力は石を介さず循環し、肉体・精神・記憶にまで干渉する現象が起こる、って言ってましたよね?」


ディランは頷く。

「そうだ。それを使いこなせれば……人や物に働きかける力があるんだ」


「その肉体にまで――ってことは、傷口とかの修復もできるってことですかね?」

思わず目を輝かせて訊く。


「うーん……それはどうだろうな」

彼は少し眉をひそめる。

「症例がないから確実には言えない。だが、理屈の上ではできる可能性はある――ってことになる」


私は少し胸が高鳴る。

「可能性……か」


「だけど……その力は危うい」


ディランの声が、ふっと低くなる。

「君にどんなリスクがあるかもわからない。無闇に使うことはおすすめしない」


私は頷き、落ち着いた声で答える。

「ええ、わかってます」


ディランは少し間を置き、ふっと柔らかい表情に戻った。

「なら、いい」


「ティアナ、この近くにきれいな湖があるんだ。行かないかい?」


「ええ」


「じゃあ決まりだ」


そう言うと、彼は当然のように私の手を引いて歩き出した。



辿り着いた湖は、本当に美しかった。

水面には蓮の花が浮かび、太陽の光を受けて幻想的に輝いている。


――ほんの数分前までは。


「やあ、妹よ。奇遇だな」


最悪のタイミングで聞こえる、聞き慣れすぎた声。


「……ごきげんよう」


苦笑いで振り返ると、そこには腕を組んで得意げな兄、マルクがいた。


「最近見ないと思ったら、不良にでもなったのか?」


余裕ぶった態度だったが、

次の瞬間、私の背後を見たマルクの顔色が一気に変わる。


「……で、でんか!?」


「やあ」


ディランはにこやかに手を振った。

どこからどう見ても爽やかだが、私は知っている。


――この人、絶対面白がってる。


マルクは一瞬完全に固まり、

次の瞬間、なぜか私に詰め寄ってきた。


「お、おい妹!

リチャードに続いて、今度は殿下だと!?

お前、男を見る目なさすぎるじゃないか!」


「あの……」


リチャードの件はずっと断ってたし、

殿下とはあくまで契約上の関係で――


「いいか!

まだ銀髪で氷みたいな目の騎士か、

エセ笑顔の腹黒執事の方が――」


「腹黒、とは?」


背後から、やけに柔らかい声。


振り返らなくても分かる。

今、笑顔の圧が最大値。


「ひっ!?」


マルクが情けない悲鳴を上げて跳ね上がった。


「い、いえ!

今のは決して殿下のことを指したわけではなく!」


「そうなんだ」


ディランはにこやかに頷き、私の肩にそっと手を置く。


「ちなみにね」


嫌な予感しかしない。


「ティアナと、婚約したんだよ」


「はああああ!?」


マルクの声が湖に響いた。


「こ、こんやく!?

愛の逃避行でもするのか!?

最近見かけなかったのはそういうことか!?」


完全にテンパっている。


「い、いえ、そうではなくて……」


私は曖昧に言葉を濁す。


ディランは満足そうに微笑みながら、

マルクの肩をぽんと叩いた。


「安心して。

妹さんは僕が責任をもって“お預かり”しているから」


「余計に不安なんだが!?」


マルクは頭を抱えたあと、突然顔を上げた。


「と、とりあえず!

せっかく来たんだ、ボートにでも乗るか!?」


話題転換があまりにも唐突だった。


こうしてなぜか、

私、ディラン、マルク――そしてもう一人。


「ナナと申します」


「……ナナ嬢?」


昔、ユリアともめた令嬢。

確か10年前…ユウリがお試し執事として屋敷にきてたときだ。


4人乗りのボートに乗り込む。


……まさかのメンツすぎて、居心地が悪い。


「ナナ嬢、お久しぶりです」


「ええ、お久しぶりですね」


にこやかに挨拶を交わすものの、それ以上会話は続かない。

お茶会で顔を合わせたことは何度かあるが、

10年前の一件以来、きちんと話した記憶はなかった。


(それにしても……どうしてマルクと一緒に?)


マルクは中身はともかく、見た目だけは無駄に整っている。

そのせいで、なぜか女性関係だけは派手なのだが――


……今はその話をする空気でもない。


沈黙。


「今日は、いい天気だな……ははは」


「そうだね」


あまりにも雑な会話。


マルクも完全に話題を失っているし、

ディランは相変わらず穏やかな微笑みを浮かべているだけ。

――表面上は、だ。


私はそっと湖へ視線を落とした。


ピンク色の蓮が、静かな水面に浮かんでいる。

とても綺麗で、穏やかで――


そのはずだった。


(……?)


胸の奥が、ざわりとした。


湖の中。

黒いモヤのようなものが、ふわりと揺れた。


(まさか……)


そう思った瞬間には、もう遅かった。


――バシャンッ!


「きゃっ!」


ナナ嬢が湖へ落ちた。


いや、落ちたというより――

引きずり込まれた。


「ナナ!」


マルクが叫び、迷いなく湖へ飛び込む。


「兄上―!」


私も咄嗟に身を乗り出し、水面を覗き込んだ。


(強い……)


湖の中に、はっきりとした魔力の流れを感じる。


――魔女の雫。


しかも、かなり深い。


(ダメ、この位置からじゃ何もできない)


判断は一瞬だった。


私はそのまま湖へ飛び込む。


「ティアナ!?」


ディランの声が、遠くで響いた。


水の中は冷たく、視界が歪む。

必死に潜っていくと――見えた。


ナナ嬢の足に、黒いモヤが絡みついている。

その先、湖底に沈むように――あった。


マルクはナナ嬢の腕を掴み、必死に引き上げようとしている。

だが、モヤの存在には気づいていない。


(このままじゃ……まずい)


水中で正確に、あの魔女の雫を破壊するのは難しい。

視界も悪く、魔力も乱れている。


(だったら……)


私は息を整え、胸元に手を当てた。


(共鳴……)


魔力が、静かに呼応し始める。


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