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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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眠れない夜2

話は自然と、最近のことにも移る。


「本を送った理由も話そうかな」


「本…」

10年近くも贈り続けてくれた本。


「うん。君にコツコツと渡していた本の数々」


彼は少し照れくさそうに笑う。


「君に読んでほしかったんだ。

単純に、俺の大切にしているものを知ってほしかっただけだよ。

そして……これを通して、少しでも俺の考えや思いに触れてほしいと思った」


その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。


「なるほど……」


ディランは軽くうなずき、少し目を細めて私を見つめる。


「君に知ってほしかったんだ。

俺のことも、俺の世界のことも」


ディランはそっと手を伸ばし、指先で私の手に触れた。

驚くほど柔らかく、壊れ物に触れるような優しさ。


「無理に近づくつもりはないよ」

低く、穏やかな声が耳に届く。


そして、ゆっくりとその手を撫でるように触れられると、じんわりと温かさが伝わった。

強く握るでも、引き寄せるでもなく、ただ――そこにいることを確かめるような触れ方。


私は息をひそめ、そのまま手を引かずにいた。


ディランは目を細め、静かに微笑む。

「こうして、少しずつでいいから……君の隣にいたい」


触れた手の感触が、言葉以上に胸の奥まで響く。


「……」

どう答えればいいのかわからず目を伏せる。

ディランはそっと微笑むと手が名残惜しそうに離れていく。

言葉にはできない気持ちに戸惑いながらも、胸の奥が少しだけ高鳴る。

手に残る温もりに、自分の心が何を感じているのか、まだはっきり言えないけれど、確かに何かが揺れている。


「さて、君の話も聞かせてくれるかい」


わざと明るいトーンで言うディランに私は少し息を整えて、自分の過去を語り始めた。

幼い頃の苦い思い出、失敗して泣いた夜、でも笑顔で乗り越えた日々。


「それから、ユウリとは本当にたくさんの時間を一緒に過ごしたの」

私は笑みを浮かべる。

「困った顔をして、でもいつも私を支えてくれる人で……なんだか、兄のようでもあり、友達のようでもあり……不思議な存在なの」


ディランはゆっくり頷き、目を細めて笑う。

「ユウリは君にとって、かけがえのない人なんだね」

「ええ、そうです」


次に、セナのことも話す。

「セナは昔はやんちゃで、今みたいに冷静でクールじゃなかったの。

幼い頃にした“騎士になる”という約束を叶えてくれて、そばにいてくれる。頼もしいんだ」


「そうだね、セナは良い騎士だ。私も敵にしたくない男だな」


ディランが腕を組む。


「テオは、初めて会ったとき警戒心が強くて、みんなに威嚇してたな。でも本当は優しい子なの」


「いまも私に威嚇してるもんね」

ディランが笑う。


そして、レオとルイのこと。

「レオは……歳上なのに子供みたいに明るくて楽しいの。

元騎士団員で、戦いのときには絶対に頼りになる。いまは料理人として、美味しいご飯もたくさん作ってくれる」


「ルイは元紫統タンザナイト伯爵家の騎士団員で、とても強いの。

美的センスがあって、ドレスや服のこだわりもすごいけれど、気配り上手で心の支えにもなってくれる」


ディランは静かに頷き、目を輝かせて言った。

「君はよく仲間のことを見ているんだな。彼らの強さも、優しさも、すべて分かっている」


「そして……トワやアリス、ロベルトやアレンも、みんなそれぞれの役割を持って私を支えてくれている。戦いの時だけじゃなく、日常の中でも」

私は小さく笑った。

「だから、私は一人じゃないって思える。どんな困難でも、立ち向かえる気がする」


ディランは少し驚いた表情を見せ、やがて優しく微笑む。

「ティアナ……君はただ強いだけじゃない。仲間を見つめる目も、心を預ける力もある。そして、その力が、みんなに勇気を与えているんだ」


胸の奥が熱くなる。

私は彼の言葉をしっかり受け止める。

その夜、私たちは笑いながら、語りながら、少しずつお互いに触れた。

静かで、穏やかで、そしてほんの少しだけ甘い時間――



訓練が続くなかで、

ナタリーさんの病状は急速に悪化した。


白いカーテン越しの光の中で、

ナタリーさんは穏やかな笑みを浮かべていた。


「最後まで見届けられなくてごめんね。

でも……もう私は、貴女に教えられることもないから」


「ううん、ナタリーさん。ありがとう」


私はそう答え、ナタリーさんの手を取った。

細くなった指は、それでもまだ温かい。


「ナタリーさんは、別の場所で療養できるよう、手筈は整えてあります」


そう言って、ディランも一歩前に出る。


「静かな環境です。どうか、ゆっくり過ごしてください」


彼女は驚いたように目を瞬かせ、

それから、ふふ、と小さく笑った。


「最後に、こんな色男に手を握ってもらえるなんて。

幸せ者ね、私は」


「ありがたいお言葉です」


ディランは柔らかく微笑み、

そっとその手を包んだ。


 

「……ナタリーさん」


ユウリが一歩前へ出る。


「ユウリ。お嬢様のこと、よろしくね」


「はい」


静かに、けれど確かな声で答える。


「お嬢様は無茶をなさるから。

今は、あなたの方がずっと詳しいでしょう?」


「……はい」


ユウリは、にっこりと微笑んだ。


 

「最後に、みんなに会えてよかったわ。

これで思い残すこともない」


「そんな……お別れみたいに……」


「もう私もおばあちゃんよ。

余命も、わずかだもの」


ナタリーさんは穏やかに目を細める。


「十分よ。

最後にお嬢様と、ちゃんと話せてよかった」


そして、静かに微笑んだ。


「アイリス様も、きっと――

貴女が立派になったこと、喜んでいらっしゃるわ」


「……はい」


声が、わずかに震えた。


 


そして――

ナタリーさんは、ディランの計らいにより、

療養施設へ移されることになった。


それは別れではなく、

“静かな時間を過ごすための旅立ち”だった。


その背を見送る。

今はただ、

彼女から受け取ったものを胸に刻み、前に進む。


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