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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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夜明けのアイリス1

何度も訪れた執務室の部屋の前 こんな風に父と面と向かって話す日が来るとは思わなかった。



「コンコン」


「……入りなさい」


静かな声に促され、私は執務室へ足を踏み入れる。


「お父様。話があります」


「そうか……私もだ」


扉が閉まり、部屋には時計の音だけが残った。

一瞬、何から話せばいいのかわからなくなる。


たくさん聞きたいことがある。

でも――まずは、これだ。


「……実の母、アイリスのことについて」


父の手が、書類の上で止まる。



「……どこまで、知っている?」


「ほとんどです」

私は答える。

「お母様が関わっていた研究のこと。

事故死ではなかったこと。

そして……私が“器”である可能性があることも」


父は、目を閉じた。


「……そうか」


ゆっくりと息を吐き、語り始める。


「アイリスは、研究の危険性に誰よりも早く気づいていた。

あの力は、王国を救うこともできる。

だが同時に――簡単に支配にも使える」


父の声は低く、重い。


「ガイルは、その力を欲した。

王国のためなどと綺麗事を言いながらな」


「……お母様は?」


「封印した」

父は即答した。

「自分の命と引き換えにでも、な」


胸が締めつけられる。


「事故ではなかった。

だが、殺されたとも言い切れない。

あれは……アイリス自身の選択だった」


私は、静かに拳を握る。


「お父様は、どこまで知っていたんですか」


「すべてだ」

父は、私を見る。

「そして、何もできなかった」


その言葉には、悔恨が滲んでいた。


「立場上、私は動けなかった。

露骨に庇えば、逆にお前を危険に晒す」


「だから、厳しくしたんですね」


父は、視線を落とす。


「ああ……どう接すればいいのかわからなかった」


静かな声だった。


「お前を見るたび、アイリスを思い出した。

同時に……思ってしまったのだ」


喉を詰まらせるように、父は続ける。


「――私のせいで、

ティアナからアイリスを奪った、と」


その言葉に、息を呑む。


「守れなかった。

妻も、娘も」


長い沈黙が落ちる。


「だから私は、遠くから守るしかなかった。

監視し、隠し、危険から遠ざけることしかできなかった。

戸籍も隠して、マリアンヌにもそう頼んだ」


父は、初めて弱さを見せるように言った。


「それが……正しかったのかは、今でもわからない。

それにお前は遠ざけたり隠そうとしても真っ直ぐに困難に飛び込んでしまっていった。ほんとにアイリスにそっくりだ」


父が優しく笑う。

こんな顔初めてみた。


「私はダメな父親だよ。

守りたかったはずなのに 中途半端にしか真実を隠し通せない。優しくもできなかった」


私は、ゆっくりと首を振る。


「でも、お父様は守ろうとしていた」


父の目が、わずかに見開かれる。


「それだけは、伝わりました」


厳しさの奥にあったもの。

不器用で、臆病で、それでも確かな愛情。


「……一つだけ、聞いてもいいですか」


「ああ」


私は執務室の奥に飾られた、夜明けの絵画を見る。

その下に、いつも置かれている花――アイリス。


それを見つめてから、静かに告げた。


「母のこと……本当に、愛していましたか」


父は迷わなかった。


「ああ」


そして、はっきりと。


「愛していた。今でもだ」


その声は、揺れていなかった。


「そして、ティアナ。お前のこともだ」


胸の奥が、じんと熱くなる。


「……そう、ですか」


それなら、言わなければならない。


私は一歩、前に出た。


「私……ディラン殿下と――」


その瞬間。


コン、と控えめだが確かなノックの音。


返事を待たず、扉が開く。


「失礼します」


低く、落ち着いた声。


振り返ると、そこに立っていたのは――ディランだった。


「……殿下?」


父の視線が、私とディランを交互に捉える。


ディランは一礼し、まっすぐ父を見据える。


「話の途中に失礼を。

ですが、これは私自身の立場として、

そして――ティアナの選択として、

正式にお伝えすべきことだと思いまして」


一瞬、執務室の空気が張り詰める。


夜明けの絵画の淡い光が、3人を包んでいた。


私は、ディランの隣に立つ。


もう、逃げない。


この先に進むための言葉を――

今度こそ、きちんと伝えるために。



ディランは一歩、前に出た。

その所作はいつもの軽さを抑え、王族としての重みを帯びている。


「アドルフ伯爵」


父――アドルフは、黙ってディランを見つめる。

その視線は厳しいが、拒絶ではない。


「私は、ティアナと婚約する意思があります。

それは政略ではなく、彼女自身の意思を尊重した上でのものです」


私は、はっきりと頷いた。


「私もです。

ディラン殿下と……共に進むと決めました」


父の視線が、今度は私に向けられる。

その目に浮かんでいるのは、怒りではなかった。


――心配だ。


それが、痛いほど伝わってくる。


「……覚悟はあるのか」


低い声で、父が問う。


「殿下と共に立つということは、

お前が再び――いや、今度こそ本当に、

渦中に立つということだ」


「あります」


私は即答した。


「お母様が守ろうとしたもの。

お父様が守ろうとしてきたもの。

それを、今度は私が引き継ぎます」


ディランが、私の隣で静かに言葉を重ねる。


「私は彼女を“利用”しません。

守るために、共に立ちます。

彼女が一人で背負うことは、させない」


しばらくの沈黙。


やがて父は、ゆっくりと息を吐いた。

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