秘密5
ナタリーさんはページの端をなぞる。
文字は古く掠れているが、その内容は明瞭で、読むほどに息を詰める。
「ガイルは……アイリス様の力を利用して、
王国の支配者になろうとしていたの。」
「……彼女が守ろうとしたのは――単なる研究ではない。
王国の秩序をも揺るがす力だった。」
私の胸が、強く打たれる。
(――この力……共鳴のこと……)
「これを」
ナタリーさんが差し出した本を受け取る。
ページをめくる。
そこには《共鳴論考・原初魔力と魂の連結について》と題された古文書の抜粋。
人は生まれながら固有の魔力波長を持つ。
魔宝石はその波長を増幅する媒介にすぎない。
魔宝石は、魂の波長を揃えるための門にすぎない。
ひとたび門を越えれば、魔力は石を離れ、
人と人の魂のあいだを直接巡る。
しかし、例外が存在する。
魂と魂が同調するとき、魔力は石を介さず循環し、肉体・精神・記憶にまで干渉する現象――
《共鳴》。
指先が、無意識に震える。
(……止血、修復、再生、記憶の流入……)
条件は三つ。
一、互いの魔力波長が限りなく近いこと
二、強い感情――信頼、愛情、執着、あるいは絶望
三、片方がもう片方を**「生かしたい」と強く願うこと**
そして、共鳴は奇跡であると同時に、危険も孕む。
循環が均衡を失えば、片方が片方を“喰らう”形で一体化し、
それは最終的に魔女の紅血へと変質する――
端の書き込みが目に入った。
『紅血は宝石を必要としない。
人が人を媒介にしたとき、最も純度の高い紅血が生まれる』
胸が、ひりつくほど熱くなる。
――つまり。
「ガイルの野望はね。アイリス様の血と魂を利用して、紅血を作り、王国を掌握することだったの。
アイリス様はそれを阻止するために、自らの存在を封印し、力を守った」
「そして――今、力の“器”はティアナお嬢様貴女にに受け継がれているの」
ナタリーさんの言葉に私は、静かに拳を握る。
(――私は、この力を使うのか。
使わずして、ガイルを止められるのか?
犠牲を避けつつ、共鳴の奇跡を――母の意思を――)
ナタリーさんは、私の決意を見透かすように頷いた。
「ティアナお嬢様。…今、貴女に問うべき時が来たわ。
力を制御し、守るべきものを守るか。
それとも、何もしないか――」
ナタリーさんの静かな声が響く。
その言葉を噛みしめながら、私は目を閉じる。
自分の足で立っているつもりだった。だけど違った…
母から、父から、そして周りの人たちから。
どれだけ自分が、愛され、守られていたのか――。
胸の奥で、何かが燃え上がる。
「何もしないなんて……そんなことはできない。」
拳をぎゅっと握る。
母が、私のために命をかけて守った力――
その意思を、無駄にはできない。
「私は立ち向かいます」
小さく、しかし力強く、言葉を吐き出す。
「母が守ろうとしたように――私も守る。
自分の未来も、大切な人たちの未来も。
全部……守ります」
胸が熱くなり、目が自然と前を向く。
ディランは静かに私の隣に座り、言った。
「まだ時間はある。」
その言葉に、思わず目を上げる。
「蝶の会が壊滅したことと、オパール公爵家の不祥事……
今のガイルは、動きたくても身動きがとれない状態だ。」
私の胸がわずかに緩む。
状況は絶望的ではない、と理解する。
「……なら、私たちにも余裕がある、ということですね。」
ディランは頷く。
「そうだ。今なら、ガイルに対抗する手段を考える時間がある。
どんな力を使うのか、どう動くのか。慎重に、だけど確実に準備できる。」
彼の視線は、深く静かに私を捉えていた。
その眼差しには、単なる分析だけでなく――信頼と期待も含まれている。
「母上の遺した力を封印したままにしておくのか、それとも……使うのか。
選択は君にある。」
私は拳を握る。
母の意思と、自分の役割を背負ったまま、目の前の現実を受け止める。
「わかりました。準備を始めましょう。
私たちが動けば、ガイルの野望は、まだ阻止できる。」
ディランは微かに笑みを浮かべる。
「その意気だ。
焦らず、だが確実に。
時間はある――今は、策を練る時だ。」
外はもう暗闇だ。未来の戦いに向けた決意が静かに、しかし確実に固まっていった。




