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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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秘密3

馬車が、静かに動き出した。


窓の外の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。

扉が閉まった瞬間、逃げ場はなくなった。


向かいに座るディランは、組んだ指に顎を乗せ、こちらを見ている。

さっきまでの軽さは、もうない。


「……それで?」


私が先に口を開いた。


「ナタリーさんの“病死”。

あれは偽装なんでしょう。」


ディランは否定しなかった。


「そうだよ。」


あまりにもあっさりした返答に、息を呑む。


「じゃあ、どうしてそんなことを?」


馬車の揺れに合わせて、ディランが小さく息を吐いた。


「理由は2つある。」


そう前置きしてから、静かに言った。


「一つ目。

ナタリーは、“知りすぎた”。」


空気が、ひやりと冷える。


「彼女は、君と“ユウリ”の存在を正確に認識していた。

そして、それを口に出さなかった。」


「……だから、狙われた?」


「正確には、“これから狙われるはずだった”。」


ディランは視線を伏せる。


「だから表向きは病死。

記録も、医師も、完全に整えた。

今の彼女は、別の場所で生きてる。」


胸が、強く打つ。


「……じゃあ、二つ目は?」


ディランは顔を上げ、真っ直ぐ私を見た。


「君を守るためだ。」


迷いのない声だった。


「ナタリーは、君に種を託した。

その時点で、君は“当事者”になった。」


私は思わず、あの種を握りしめる。


「もし彼女が普通に生きていれば、

いずれ吐かされる。

拷問でも、魔法でもね。」


ユウリが、息を呑む音がした。


「……だから、死んだことにした?」


「そう。」


ディランは淡々としている。


「死人は、何も喋らない。

そして――」


一瞬、間を置く。


「“死者の最後に会った人物”も、

それ以上追及されにくい。」


その意味を理解した瞬間、背筋が粟立った。


「……私を、疑いから外すため?」


ディランは、わずかに微笑んだ。


「さすが。」


「君が危険な立場に立つのは、まだ早い。」


馬車は進み続ける。

その揺れが、現実感を奪っていく。


「ディラン……だから貴方はまどろっこしいんです」


呼びかけると、彼は少しだけ目を細めて、笑う。


「そうかもね」


静かな沈黙のまま、

馬車がゆっくりと止まった。


「……ここは?」


「もう一つの隠れ家だよ。」


何でもないように言うディランに、思わず聞き返す。


「いくつあるんですか?」


「うーん……20数個はあるね。」


「……さすが王族だわ。」


ディランは肩をすくめ、扉を示した。


「こっちだ。」


扉の前で、軽く拳を当てる。


「コンコン。……入るよ。」


中へ足を踏み入れた瞬間、

私は息を呑んだ。


――ナタリーさん。


姿勢よく椅子に座り、本を読んでいる。

あの日と変わらない、穏やかな横顔。


「……ナタリーさん……」


その声に、彼女は顔を上げ、目を丸くした。


「……お嬢様……」


次の瞬間、私は駆け寄っていた。

言葉より先に、腕が伸びる。


ナタリーさんと、強く抱き合う。


「気づくのが遅くなって、ごめんなさい……」


胸に顔を埋めると、彼女は静かに頭を撫でた。


「いいのよ……。

私も、言うべきかずっと悩んでいたから。」


少しだけ、声が震える。


「気づかれないなら、その方がいいとも思っていたの。」


私は顔を上げる。


「でも……」


「ええ。」

ナタリーさんは、優しく微笑んだ。


「お嬢様が、真剣にアイリス様のことを知ろうとしているのを見て……

もう、誤魔化せないと思ったの。」


そして、静かに語り始める。


「あの施設ではね……

私は“監視”されていたの。」


背筋が凍る。


「アイリス様のことを、口にしないように。」


「だから……ボケたふりを?」


「ええ。」


私は思わず尋ねていた。


「それって……お父様の仕業ですか?」


ナタリーさんは、はっきりと首を振った。


「違うわ。」


その瞳は、迷いがなかった。


「アドルフ様は、アイリス様のことも、貴女のことも……

最後まで守ろうとしていた。」


胸が、きゅっと締めつけられる。


「じゃあ……誰が?」


ナタリーさんは、一呼吸置いてから、名前を告げた。


「ガイルよ。」


その名が、空気を切り裂く。


「ガイル・アレキサンドライト。」


そこにいるディラン殿下の叔父。

彼の表情が、硬くなる。


「彼は……」


ナタリーさんは、低い声で続けた。


「アイリス様の研究の、責任者でもあったの。」


その言葉は、静かで、しかし決定的だった。


――母の死は、

やはりただの事故ではなかった。



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