秘密2
――いつもの背中を、見つけた。
「ユウリ。」
呼び止めると、ユウリは振り返り、慌てた私の様子に目を丸くする。
「どうされました?」
「ナタリーさんに、もう一度会いたいの。」
「……それは、どういうことですか?」
私は息を整えながら言った。
「ナタリーさんは、ボケてなんかいなかった。
知らないふりをしていただけよ。」
そのまま、施設で起きた出来事を、ひとつ残らずユウリに話す。
「後ろの2人は誰?」と聞かれたこと。
数の合わない視線。
そして、あの違和感。
話を聞くうちに、ユウリの表情が変わった。
彼もまた、何かに気づいたように息を呑む。
「……私としたことが……」
私は頷き、そっと掌を開く。
「それで、これ。ナタリーさんから託された花の種。
ラナンキュラスっていうんだって。オレンジの花を咲かせるの。」
小さな種が、静かに光を受ける。
「花言葉は――『秘密』。」
言葉にした瞬間、確信が胸に落ちた。
「ナタリーさんは、何かを知ってる。
それも、かなり重要なことを。」
ユウリは一瞬考え込み、すぐに決意したように頷いた。
「……わかりました。
すぐに施設に連絡します。」
その声は迷いがなかった。
「……お嬢様。」
その声は、いつもより低かった。
「ナタリー様が、亡くなったとのことです。」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……うそ、でしょ?」
喉がひりつく。
「まさか……殺されたの?」
「いえ。医師の見解では、病死のようです。」
けれど、その言葉は続いた。
「ですが――ナタリー様が急に具合を悪くされたのは、お嬢様と面会された夜だと。」
胸が、嫌な音を立てて沈む。
「その後すぐ病院へ運ばれ、死亡が確認されたようです。」
「……どこの病院?」
嫌な予感が、はっきりと形を取る。
「セイドリック病院です。」
その名を聞いた瞬間、背筋が凍った。
「セイドリック病院……」
アレキサンドライト王国と、深い繋がりを持つ病院。
王族、貴族、そして――裏の案件も扱う場所。
「……まさか。」
唇が、かすかに震える。
「…関わってる?」
自分でも信じたくなかった。
それでも、疑念は止まらない。
私は懐から、小さなコンパクトを取り出す。
「それは……何ですか?」
「魔宝具よ。ディランからもらったの。」
ユウリの視線が、一瞬だけ揺れた。
――“ディラン”という呼び方に、わずかに反応したのが分かった。
けれど彼は何も言わず、問いただすこともせず、ただ黙って聞いている。
その沈黙が、かえって事態の重さを際立たせた。
ディランに連絡を取る。
呼び出し音は、ほとんど鳴らなかった。
すぐに、繋がる。
『――別れたばかりなのに、もう連絡してくれるとは嬉しいね』
楽しそうな声。
まるで、何事もなかったかのように。
……こっちは、それどころじゃない。
「ディラン。」
声が、自然と低くなる。
「話があります。」
一瞬の沈黙。
画面越しでも分かるほど、空気が変わった。
『……なにかな』
私の表情を悟ったのだろう。
ふざけた調子は消えていた。
「ナタリーさんのこと。
何か、知っていますね。」
はっきり言うと、ディランは小さく息を吐いた。
『……そのことか。』
否定はしなかった。
『知ってるよ。』
胸が、強く脈打つ。
「教えてください。」
間髪入れずに言った。
逃げ道を与えないために。
ディランは少しだけ黙り、それから静かに答えた。
『……わかった。』
そして、続けて。
『すぐ迎えに行く。』
その言葉に、ぞくりとする。
ナタリーさんは本当に死んだのか。
それとも――生きているのか。
ディランは、どこまで知っていて、どこまで関わっているのか。
屋敷の前に、ほんの数時間前に乗っていた馬車が止まった。
静かすぎるほど、音もなく。
まるで最初から、ここに来ることを織り込み済みだったかのように。
扉が開く。
先に降り立ったのは、ディランだった。
「……久しぶり、って言うほど時間は経ってないね。」
軽い口調。
別れた直後と変わらない笑み。
けれど、その目は――私の反応を一瞬も逃さない。
私は一歩も動かず、真正面から見据えた。
「迎えに来るの、早すぎるわ。」
「君が“本気”で呼んだ時は、遅れない主義なんだ。」
その言葉に、胸がわずかに締めつけられる。
背後で、ユウリが一歩前に出た。
自然な動きだが、完全に私を庇う位置。
ディランはそれに気づき、視線だけを向けた。
「……警戒されてるね。」
「当然です。」
ユウリの声は低く、隙がない。
「ナタリー様の件について、説明を。」
ディランは肩をすくめ、視線を私に戻した。
「ここで話す?」
一瞬、沈黙。
屋敷の門。
人目のある場所。
そして、逃げ場のない距離。
「……いいえ。」
私は答えた。
「あなたの馬車で聞くわ。」
ディランの口元が、わずかに歪む。
「覚悟はいいかい?」
「もうとっくにできてる」
数秒、互いに視線を外さない。
まるで、どちらが先に引くかを測るように。
やがてディランは、ゆっくりと道を譲った。
「どうぞ、お姫様。」
その言葉に、皮肉と……ほんのわずかな安堵が混じっていたのを、私は見逃さなかった。




