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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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ユウリの想い2


「お父様もさ、失礼だよね」


お嬢様は軽く笑いながら言った。


「私とユウリを、結婚させる気があったってことでしょ?」


その言葉は、冗談の形をしていながら、胸の奥に静かに刺さる。


「……恐れながら、そのような意図ではなかったかと」


そう答える声は、いつも通り落ち着いていたはずだ。

少なくとも、そう装えていると思いたかった。


「だよね」


お嬢様はあっさりと頷く。


「ユウリはそういうのじゃないもん」


――そういうのじゃない。

否定の言葉は、やけに柔らかく、それでいて決定的だった。


「どちらかっていうとさ」


少し考えるように視線を上げてから、屈託なく笑う。


「お兄ちゃん、みたいな感じ」


……やはり、そうか。


胸の奥で何かが静かに崩れる音がしたが、表情には出さない。

出してはいけない。


「そうですか」


「うん。頼りになるし、いつも冷静だし。

 私が変なことしても、ちゃんと止めてくれるし」


それは信頼の言葉だった。

執事として、これ以上ないほどの評価。


――だからこそ、余計に。


「……光栄ですね」


それだけを口にする。


お嬢様は一瞬、不思議そうにこちらを見たが、すぐに気にした様子もなく微笑んだ。


「変な沈黙」


「申し訳ありません」


「いいよ。ユウリって、そういうとこあるし」


くすっと笑って、歩き出す。



「さて、夜はでかけるよ」


「はい」


その背中を一歩後ろから追いながら、心の内を深く沈めた。


――兄のような存在。

それでいい。

それで、十分だ。




――アドルフ様の言葉が、脳裏をよぎる。


「お前はどうだ」


あの瞬間。

ほんの一瞬だけ、あってはならない考えが浮かんだ。


お嬢様と、結婚する未来。


共に食卓を囲み、名を呼ばれ、

主と執事ではない関係で、隣に立つ自分。


……馬鹿げている。


だが、確かに、よぎった。


目を伏せ、静かに首を振る。


あの答えで、よかったはずだ。


もし、ほんの僅かでも欲を出していたら。

もし、己の感情を優先していたら。


――お嬢様のそばに、いられなかったかもしれない。


信頼は崩れ、距離は生まれ、

「兄のような存在」でさえなくなっていた可能性もある。


それだけは、耐えられない。


「これでいい」


自分に言い聞かせるように、呟く。


私は、お嬢様の執事だ。


その立場を失わず、

その役目を全うすることこそが、唯一許された形。


愛ではなく、忠誠として。

願いではなく、責務として。


執事として、共に進む。


――それでいい。

それしか、選べなかった。


私は静かに目を閉じた。


真夜中の屋敷は、音が少ない。


灯りを落とした廊下を進み、お嬢様の私室の前で足を止める。

蝶の会――真夜に行われる、危険な集まり。


本来ならば、こんな時間にご令嬢を外へ連れ出すなど許されない。

だが、それでも向かわねばならない理由があった。


「ユウリ」


扉の向こうから、控えめな声。


「入って」


失礼します、と一言添えて中へ入る。


部屋は薄暗く、カーテン越しの月明かりが床を照らしていた。

お嬢様は既にドレスに身を包み、鏡の前に立っている。


「……大丈夫ですか。寒くは」


「平気」


短く答えてから、ふと思い出したように言う。


「ねえ」


振り返り、距離を詰めてくる。


「ネックレス、つけてくれる?」


一瞬、思考が止まる。


「……恐れながら」


「アリスには頼めないでしょ。夜中だし」


それは、正論だった。

この時間に侍女を起こすのは、確かに不自然だ。


「それに」


さらに一歩。


「ユウリの方が、慣れてるでしょ?」


――距離が、近い。


ドレス越しに伝わる体温。

微かな香り。


意識するな。

今夜は、危険な場所へ向かう。


「……失礼いたします」


私は一歩踏み出し、慎重にネックレスを受け取った。


背を向けるお嬢様の首筋に、月明かりが落ちる。

細くて華奢だ。

指先が、わずかに震えた。


気を取られるな。


これは任務だ。

守るべき主であり、今夜は特に――標的になり得る存在。


留め具に集中する。


「ありがとう」


小さな声。


「ユウリがやってくれると、安心する」


その言葉に、胸の奥が揺れる。


――だからこそ、危険なのだ。


「蝶の会 油断できません」


声を低く、意識的に冷たくする。


「会場では、私から離れないでください」


「うん、分かってる」


素直な返事。


留め具が、静かに留まる。


「……完了いたしました」


「ありがと」


振り返る笑顔は、いつもと変わらない。


それが、なおさら心を乱す。


だが。


私は一歩、確実に距離を取った。


――気を引き締めろ。


今夜は、彼女の無自覚な言葉や仕草に、心を奪われている場合ではない。


守るべきは、感情ではなく、命だ。


「参りましょう、お嬢様」


執事としての声で告げる。


お嬢様は少しだけ不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いた。


「うん」


月明かりの下、

危険な夜へと歩き出す。


私は、その一歩後ろで、

剣よりも鋭く、心を張り詰めていた。


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