表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/222

トワの旅立ち

帰りの列車は、夕暮れの色を乗せて静かに走っていた。


規則正しい車輪の音が、

一日の疲れを揺らすように、ゆっくりと響いている。


向かいの席ではレオが窓に肘をつき、

外の景色を眺めながら欠伸をしていた。


「いやー、昨日今日は楽しかったな!」


「少し騒がしかったですけど、いい思い出になりましたね」


ユウリがそう言って微笑む。


トワは私の隣の席に座り、

膝の上に手を揃えて、流れていく景色を見ていた。


その横顔が、やけに静かだった。


「……あの」


列車の揺れに紛れるように、トワが口を開く。


「実はぼく、来月から学校に通うことになったんです」


「え、急じゃない?」


ルイが思わず身を乗り出す。


「来月って、もうすぐだぞ?」


レオも振り返った。


「はい」


小さく頷いてから、トワは続ける。


「だから……今日、皆さんと出かけられて楽しかったです」


「なんだよそれ」


レオが笑う。


「別れの挨拶みたいじゃん」


「そんなつもりじゃありませんよ」


トワは困ったように笑った。


窓の外で、夕日が鉄橋を赤く染めていく。


「でも……」


一瞬だけ、言葉が途切れた。


「こうして一緒にいられる時間って、

いつまでも続くわけじゃないんですよね」


「……急に大人みたいなこと言うなぁ」


レオが頭をかく。


私は、そっと尋ねた。


「どうして、今なの?」


トワはすぐには答えず、

窓に映る自分の顔を見つめてから、静かに言った。


「前から、考えてはいたんです」


それ以上は語らなかった。


列車がトンネルに入る。

一瞬、窓の外が闇に沈む。


トワの横顔も、影に溶けた。


やがて光が戻ると、

彼はいつも通りの柔らかな笑顔を浮かべていた。


「次は、どんな場所なんでしょうね」


その言葉が、

未来への期待なのか、覚悟なのか。


私には、まだ分からなかった。


列車は止まらず、

ただ前へ前へと走り続けていた。



一週間後

列車の白い息が、茜色の空へとゆっくり溶けていく。


私たちはホームの端に並んで立っている。


レオ、ルイ、ユウリ。

セナとテオ。


そして――旅支度を整えたトワ。


「忘れ物はありませんか?」


ユウリの問いに、


「はい、大丈夫です」


トワはきちんと背筋を伸ばして答えた。


「ほんとに学校行くだけなんだよな?」


レオが半信半疑で言う。


「はい。ちゃんと戻ってきます。

ただボランティアの件中途半端になってしまいすみません」


トワが少し名残惜しそうに話す。


「それは気にしなくていいからな!

また戻ってきた時にでも一緒にいけばいいし!」


レオがトワの頭をなでる。


「はい!」

明るい声。

変わらない笑顔。


なのに――


(……なんでだろう)


胸の奥に、ほんのわずかなざわめきが残った。


理由は分からない。

ただ、いつもより少しだけ大人びて見えた。


汽笛が鳴る。


低く長い音が、別れを急かす。


「じゃあな、トワ!」


「手紙、必ず出してくださいね」


皆が口々に声をかける中、

私は一歩、前へ出た。


「……トワ」


名前を呼ぶと、彼は小さく首を傾げた。


「はい?」


「学校、楽しいこともたくさんあると思うけど……」


言葉を探す。


心配する理由なんて、本当は何もないはずなのに。


「無理はしすぎないで。

辛くなったら、ちゃんと頼りなさい」


トワは少し驚いたように目を瞬かせ、

それから、柔らかく笑った。


「ありがとうございます。お姉様」


その笑顔を見た瞬間――

胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


私は衝動のまま、彼を抱きしめていた。


「……え?」


トワの声が小さく揺れる。


「すぐ帰ってくるって分かってるのにね」


そう言いながら、私は腕に少しだけ力を込めた。


「でも……寂しいの」


それは嘘じゃなかった。


彼は一瞬戸惑い、

それからそっと、私の背に手を回した。


「……はい。必ず戻ってきます」


静かな声。


不思議なほど落ち着いた温度。


その落ち着きが、なぜか胸に引っかかった。


私はゆっくりと腕を離す。


「約束よ」


「はい。約束です」


列車の扉が閉まる。


白い蒸気の向こうで、トワが手を振った。


「行ってきます!」


「いってらっしゃい!」


皆の声が重なり、列車は動き出す。


遠ざかる姿を見つめながら、

セナが小さく息を吐いた。


「……大きくなったな」


「ほんとにね」


テオも同意する。


私だけが、胸元をそっと押さえた。


(どうして……こんなに胸が騒ぐの)


答えは、もちろん出ない。


ただの別れ。

ただの旅立ち。


そう思いながらも――

夕焼けの中に消えていく列車を、いつまでも見送っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ