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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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112/222

嵐の夜に9

それよりも、本棚に並ぶ書物が気になって仕方がない。


「あの、殿下」


「なんだい?」


「その本棚にある本を、拝見してもよろしいですか?」

遠慮がちに指先で示す。


「ああ、もちろんだよ」

殿下はにっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます」


私はさっと立ち上がり、本棚の前へ向かう。

ここは別荘地のはずなのに、並んでいるのは見慣れない専門書や古文書ばかりだ。

……さすが王族。趣味も蔵書も一筋縄ではいかない。


「これ、気になる……」


背伸びをしてみるが、あと少し届かない。


その瞬間、背後に気配がして、殿下が立ち上がったのがわかった。

私の頭のすぐ上を通るように、すっと長い腕が伸びる。


「これかな?」


軽々と本を抜き取る姿に、思わず見上げてしまう。

背が高く、手足もすらりと長い。整いすぎている体格だ。


(……恵まれすぎでしょ)


個人的には、もう少し筋肉質な方が好みだけど。

そんなことを考えているなんて、殿下にはもちろん内緒だ。


殿下は何も知らない顔で、本を差し出してきた。


「はい。君が取ろうとしていたのは、これだろう?」


「ありがとうございます」

素直にお礼を言い受け取る。

「気に入ったものがあれば、持って行っても構わないよ」


「……え?」


思わず声が裏返る。

嘘でしょう。欲しい。正直に言えば、喉から手が出るほど欲しい。

でも――だめだ。殿下の私物だ。冷静に考えれば、あまりにもおこがましい。


「いえ、それは出来ません」


即答したはずなのに。


「それにしては、言動と行動が伴っていないように見えるけど?」


殿下は、私の手元に視線を落とし、くすっと笑った。

いつの間にか、私は彼から受け取った本を両手でがっちり掴んでいる。


……しまった。


「こ、これは、その……」


言い訳を探している間に、


ゴロゴロ……ドシャーンッ!


耳をつんざくような雷鳴と同時に、部屋の明かりがふっと消えた。

一瞬にして、闇。


「わっ……!」


驚いて手から本を落としてしまう。

床に落ちた音を頼りに、拾おうとしゃがみ込んだ、その瞬間。


ピカッ――


雷光が部屋を一瞬だけ白く照らす。


その刹那、目の前にあったのは――

燃えるような、赤。


エメラルドではない。

深く、濃く、まるで宝石そのもののような――ルビーの瞳。


思考より先に、言葉がこぼれ落ちていた。


「……殿下の瞳、ルビーのように見えるのですね」


一拍の沈黙。


「……まさか、君に見られてしまうとは。不覚だったな」


暗闇の中で、殿下の表情は見えない。

けれど声は、いつもの余裕を帯びたものではなく、どこか――寂しさを含んでいるように聞こえた。


「殿下の瞳は、まるでアレキサンドライトの宝石のようですね」


アレキサンドライト――

明るい場所ではエメラルドのように緑に輝き、

暗闇ではルビーのような赤に変わる、希少な宝石。


「そうだよ。気味が悪いだろ。血のように赤い瞳は」


自嘲気味な声。


「そんなことありませんよ。私の知り合いにも、赤い瞳を持つ人がいます。

本人はそれを嫌がっていますけど……私は、ルビーみたいで綺麗だと思っています」


闇の中で、殿下がわずかに息を吸うのがわかった。


「……その彼は、君にそう言ってもらえて幸せだろうね」


「そうだといいですけど」


黒髪に赤い瞳――テオの顔が自然と浮かぶ。

少し照れたように笑って、「大好きだよ」と言った声。

軽く触れるだけのおでこのキス。


……だめだ、思い出して急に熱くなる。


その瞬間。


「――君に、そんな顔をさせるとは」


低く、静かな声。


目が暗闇に慣れ、殿下の姿がぼんやりと見える。

先ほどまでの余裕のある微笑みはなく、

どこか不機嫌そうに、私を見下ろしていた。


「何をされたのか、少し気になるね」


責める口調ではない。

けれど、探るような、試すような響き。


「別に、何かされたわけでは……」


言いかけて、言葉に詰まる。

何もされていない、というのも違う気がした。


「……大切な人です」


短く、正直にそう答える。


一瞬の沈黙。


雷鳴が遠くで低く響く。


「なるほど」


殿下は小さく息を吐いた。


「君は、ああいう顔を“誰にでも”見せるわけじゃないんだな」


その声には、微かな苛立ちと――

それ以上に、抑え込んだ感情が滲んでいた。


「安心したような、余計に厄介になったような……不思議な気分だよ」


そう言って、ふっと笑う。


「まあいいさ」


暗闇の中、アレキサンドライトの瞳が、静かに私を映す。




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