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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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嵐の夜に2

ディラン side


仕事のため、数日前から湖畔の別荘に滞在している。

湖畔近くの街への視察、そして――俺の暗殺未遂事件に関わったデホラとニーナの処遇確認。

どれも後回しにはできない案件だ。


そんな折、ラピスラズリ伯爵家に所用で立ち寄った際、耳にした。

ティアナ・ラピスラズリ嬢が、この湖畔へ遊びに来る予定だと。


今日かどうかはわからない。

だが、もし同じ日なら――会えるかもしれない。


そんなことを考えながら湖畔を歩いていると、ふわりと視界を横切るものがあった。

反射的に掴んだそれは、柔らかな感触の帽子。


顔を上げた先にいたのは、

――まさに、会いたいと思っていた人物だった。


ああ、やはり“運”というものは存在する。


雨が降り出す、あまりにも都合のいいタイミング。

彼女を別荘へ招く理由として、これ以上のものはない。


今日一日、彼女の振る舞いを見て確信した。

彼女は、私が高く評価するに足る人物だ。

強く、聡明で、何よりも――人を見る目を持っている。


料理人の件もそうだ。

彼女が側に置く人間を、私は疑わない。


そして――お見合いの話。

リチャード・ファイアーオパール。


彼女にその気がないと知り、多少は安心したが……

あの男は、正直言って邪魔だ。

悪い噂も多い。

放置する理由はないな。


近いうちに、処理しよう。


マーガレット老後施設、そして教会。

ニーナから得た情報は、やはり価値があった。

宝石、商人、そして“意志を歪める何か”。


点は、確実につながり始めている。


別荘に戻り、自室で一息つく。

外では雷鳴と雨音が続いている。


――そろそろ、彼女の支度も整った頃だろう。


今夜は、ゆっくり話す時間がある。

逃がすつもりは、最初からない。


彼女がどこへ向かおうと、

その道の先に、私がいればいい。


そう思いながら、私は静かに扉の外へ意識を向けた。

コンコン、と控えめなノック音。


「失礼いたします。

レオ様のお食事が、まもなく完成するとのことです。

ティアナ様のお支度も、そろそろ整った頃かと」


レイの落ち着いた声。


「そうか、わかった。

それにしても…こんな嵐の夜に感謝したのは初めてだ」


「……なんてことを。ティアナ様が聞いたら驚きますよ」


「驚くというより、きっと嫌な顔をする」


「その割に、ずいぶん楽しそうですね」


「まあね」


軽く笑ってから、私はカップを置いた。


「そうだ、レイ。マーガレット老後施設について調べてほしい。

特に――ナタリーという女性についてだ」


「ナタリー、ですか。何か気になる点でも?」


「ああ。彼女は“物忘れがひどい”と言われていたね」


「ええ。施設の職員もそう説明していましたし、実際……」


「――嘘だ」


レイの言葉を遮るように言うと、彼は一瞬目を瞬かせた。


「そうですか? 私には、特別違和感は……」


「レイは、あの時のやり取りを覚えているかい?」


「あのやり取りですか…」

レイは考える素振りをしているがピンときていないようだ。


「ティアナ嬢に、“後ろにいる2人は誰だ”と尋ねた件だ」


私は指先でテーブルを軽く叩く。


「もし彼女が本当に認知症で、状況把握が曖昧だったのなら――

聞くべき言葉は、あれではない」


レイが、はっとした表情を見せる。


「……まさか」


「そうだよ」


私は静かに告げる。


「あの場にいたのは、

ティアナ嬢、ユウリ、私、君、―計4人だ。少し離れたところにいたオーウェンは除外しょう」


「…………」


「“後ろの2人は誰だい?”

あれは、意図的に数を絞った聞き方だ」


レイは沈黙したまま考えこむ。


「本当に記憶が曖昧なら、

“みんな誰だい?”

あるいは

“大勢いるねぇ”

そういう言い方になる」


私は目を細める。


「彼女は正確に人数を把握していた。

しかも、“前にいるティアナ嬢”と“後ろの人間”をきちんと区別して」


「……つまり」


「ナタリーさんって方は、ユウリさんのことを知っていた。だから“後ろの2人”と言ったのですね」


「そういうこと」


肩をすくめる。



「さすがに賢いティアナ嬢でも、そこまでは気にならなかったようだね。

昔お世話になった人との再会だ。感情が先に来るのも無理はない」


「……それもそうですね」


レイは一瞬だけ考え込んでから、静かに続ける。


「そういえば、ナタリーさんの部屋の外に、見張るように立っている人物がいました。

施設の職員にしては不自然でしたね」


「ほう」


「その人物についても調べておきます」


「お、さすがだね」


楽しそうに口角を上げる。


「そういうところにすぐ気づいてくれるから、レイのこと好きなんだよ」


「……非常に有難いお言葉です」


そう言いながらも、表情は一切変わらない。

相変わらずだ。


「まあ、いい」


背もたれに体を預け、視線を宙に投げる。

部屋の外で、雷鳴が轟いた。



俺はティアナ嬢が受け取ったという“小袋”のことを思い出す。


「ナタリーは何かを隠している可能性が高い」


「施設に潜り込んで調べますか?」


「いや、まずは静かに。

過去の経歴、ラピスラズリ伯爵家との関係、

そして――アイリスという女性との接点だ」


「承知しました」


レイは深く一礼する。


「ティアナ様には?」


「…まだ、知らせない。」


そう続けた。


「さて――残るはデホラだ」


「動きますか?」


「ああ」


静かに、だが確信を持って告げる。


「餌はもう撒いた。

ああいう男は、不安と恐怖が膨らめば必ず動く」


窓の外で雷鳴が響いた。


「今夜にでも、のこのこ這い出てくるだろう」


私は立ち上がり、レイに視線を向ける。


「一階北側の窓を、少しだけ開けておいてくれ」


「……侵入経路を与える、と」


「そう」


薄く笑う。


「害虫駆除には、逃げ道が必要だからね」


レイは一礼する。


「承知しました」


嵐の夜。

闇に紛れて動く者と、闇を待っていた者。


今夜は、長くなりそうだ。


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