嵐の夜に1
殿下と馬車に乗り込んで、湖畔のそばの屋敷に戻ってきた。
「お嬢さーん、おかえりなさい!」
「お姉様、おかえりなさい」
「おかえりなさい」
「ただいま。レオ、トワ、ルイ」
外は暗くなり、雷鳴と豪雨が屋敷の窓を叩きつける。これでは列車も運休するかもしれない。どうしたものか、と少し焦る。
「この雨と雷では、帰りの列車は動かないかもしれませんね」
ユウリが落ち着いた声で私に告げる。
「そうね……近くの宿を探すしかないかしら」
そう話していると、殿下が静かに近寄ってきた。
「ティアナ嬢、ここに一泊していけばいい」
「いえ、そんなご迷惑は……」
さすがに第一王子の別荘にお世話になるなど、とても言い出せない。
「どうしてだい? この雨と雷だ。近くの宿はきっと満室だろうし、部屋は余っている。レイも大丈夫だろ?」
「もちろんです」
レイさんは優しく微笑む。
「殿下……でも……」
言いかけたところで、外の雷鳴が轟く。窓ガラスに雨粒が打ちつけられる音が、急に心細さを強めた。
――トワが小さくあくびしている姿がみえる。ここで無理をする必要はないのかもしれない。
「……わかりました。お言葉に甘えて、一泊させていただきます」
殿下はにっこりと微笑み、安心したように頷いた。
「そうか、それでいい。ゆっくり休んで、明日また行動すればいい」
屋敷の灯りは外の豪雨とは対照的な、部屋は穏やかで暖かな光。
「せっかくだ! レオ、君のフルコースをぜひいただきたいのだけれど、作ってもらえるかな?」
「もちろんです! 泊めていただくお礼に、張り切って作りますよ!」
やる気満々のレオ。
「では、早速ですがレオさんを調理場へ案内します」
レイさんがすっと立ち上がり、レオを手際よく連れて行く。
「殿下」
「なんだい?」
「私が言うのも何ですが……毒殺未遂されかけたのに、今日会ったばかりのレオに料理を任せるのはなぜですか? 今日のピクニックでの出来事もそうです」
殿下は何の疑いもなく口にしていた。
もちろん、レオが料理に毒を盛ることなど絶対にありえない。
それは私がレオの人柄を知っているからだ。でも、目の前の殿下は今日初めて会ったはずなのに、なぜそこまで疑わずにいられるのか――不思議でならない。
「心配してくれているのかな? 嬉しいな」
ふふっと笑う殿下に、少しイライラする。
「はぐらかさないでください。真面目に聞いています」
「そうだね……君を信用しているからだよ」
真剣な顔で、真っ直ぐ私を見つめる。エメラルド色の瞳が、雨に濡れた窓越しの光に輝いて美しい。
「それはどういうことですか……?」
「俺はね、ティアナ嬢のことを高く評価しているんだ。そんな君が、料理に毒を盛るような輩を側に置くはずがない」
「それはそうですが……」
「さて、少し疲れただろう。客室でゆっくりしてから食事にしよう」
殿下の使用人が部屋に案内してくれる。
ふー……疲れた。
「お嬢様、お疲れ様でした。まさかこんな雨になるとは、山の天気はわかりませんね」
「本当よね。運が良いのか悪いのか……」
「それにしても、殿下の暗殺未遂事件にもローブの男が関わっているとは…中々厄介ですね」
「そうね。思っていたより闇が深そうだわ」
「アイリス様のこともわかりませんでしたね」
「そうね。でも、会いに行けてよかったわ。また一つ一つ調べていきましょう」
「ええ、お供いたします」
「頼もしいわね」
ふふっとユウリと笑い合う。
その時――扉のノック音が響いた。続いて数人の足音も聞こえる。
「どうぞ」
返事をすると、ぞろぞろと3人の侍女が入ってきた。
「失礼いたします。ティアナ様。殿下より、入浴の準備とお着替えの準備を申しつかっております。よろしいでしょうか?」
少しゆっくりして、とのことだったはずだが……。でも、殿下の好意を無駄にできない。
「ええ、よろしくお願いします」
「では、私は後ほど伺います。よろしくお願いいたします」
ユウリが侍女たちに声をかけ、部屋を出ていった。
「それでは、早速失礼いたします」
手際よくドレスを脱がされ、薔薇の香るお湯に浸かる。マッサージまで施され、身も心もすっきりする。
そして、新しいラベンダー色のドレスに身を包み、軽く化粧を施され、髪型はハーフアップに整えられた。
このドレス素材もとても良さそうだ。絶対高価だ。そして、なぜかぴったり……。
色々気になるけれど、今は聞かないでおこう。




