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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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ニーナの告白


「よくおいでくださいました。こちらへ」


案内され、個室へ通される。

そこには、修道服に身を包んだニーナが一人、静かに座っていた。


……あの頃の、華やかで高慢な令嬢の面影は薄い。

だが、その瞳の奥の光だけは、変わっていないように見えた。


「やあ、久しぶりだね」


殿下が向かいの席に腰を下ろす。

すぐ後ろには、オーウェン団長が控える。

逃げ場のない配置だ。


「ディラン殿下……」


ニーナは小さく息を呑み、深く頭を下げた。


「今日は君に聞きたいことがあって来たんだ。

私に盛ろうとしていた薬は、誰から買ったんだい?」


淡々とした声。

感情は一切乗っていない。


「あ、あの……」


ニーナは指先を強く握りしめる。


「私、本当に殿下を殺そうとしたわけではないのです」


「……ほう?」


「私は、殿下のことを――愛していますの」


その言葉に、空気が一気に張り詰める。

雨音が、まるで強調するかのように窓を叩く。


殿下は、驚いた様子も見せず、ただ静かにニーナを見つめた。


「それで?」


「ただ殿下にも、私を愛して欲しかったのです…」


その声は震えているが、どこか陶酔している。


――愛。

その言葉を、こんな形で使う人もいるのだと、背中に冷たいものが走る。


「では、質問を変えようか」


殿下は穏やかに、しかし逃げ道を塞ぐ声で言った。


「その“毒薬″誰から手に入れた?」


ニーナの視線が、わずかに揺れる。

それを、殿下は見逃さなかった。


「……答えなさい、ニーナ。

君のためでもある」


部屋の中で、雨音だけが響く。

ニーナは、唇を噛みしめ――やがて、ゆっくりと口を開いた。


「……街で、ある商人から宝石を買ったのです」


ニーナは一度息を整えてから続けた。


「理由はわかりません。ただ……とても魅力的に見えて……。それからです。

また声をかけられました。気になる殿方に使えば、その気にさせてしまう媚薬がある、と」


彼女は俯いたまま、言葉を絞り出す。


「最初は、そんな怪しいもの、胡散臭いと思っていました。

……それなのに私は、得体の知れないそれを“媚薬”だと思い込み、購入してしまったのです」


小さく震える声。


「なぜそんなものを買ってしまったのか。

なぜ、それを殿下に使おうとしたのか……今でもわかりません。

正常な判断が、まったく出来ていなかったのです」


嘘をついている様子はなかった。

怯えと混乱だけが、ありありと伝わってくる。


「その商人の特徴は?」


殿下の問いに、ニーナはすぐに答えた。


「顔はローブで隠れていて見えませんでした。

年齢は30代後半から50代ほどの男性で……右の頬に、古傷のような痕がありました」


その言葉を聞いた瞬間――

私の背筋を、冷たいものが走った。


(ルイが言っていた男と……同じ?)


殿下は黙ったまま、ニーナの話を最後まで聞いていた。

オーウェン団長も口を挟まず、沈黙の中で彼女の証言を受け止めている。


「……なるほど。わかったよ、ニーナ」


静かな声だったが、そこには確かな重みがあった。


「君の話は信用している。

だが今回の件は、決して軽いものではない。

誰に唆されたのか、思い出した際には素直に話しなさい」


「……はい。わかりました」


ニーナは深く俯き、指先を絡める。

その手が微かに震えているのを、私は見逃さなかった。


――恐怖だけではない。

そこには、どこか哀れさもあった。


人は“愛”の名のもとに、簡単に自分を見失ってしまうのだと、思い知らされる。


「……それより、君の父は?」


殿下の視線が鋭くなる。

デホラ男爵の姿が、この場に見当たらない。


「お父様は……体調を崩しており、寝込んでおります」


「そうか……もういい。帰るとしよう」


殿下はそう言って静かに立ち上がった。


私も自然と後に続く。

雨はさらに強まり、馬車の周囲はぬかるんでいた。靴先がわずかに沈む。


――この雨の中、何が起こるかわからない。

それでも、今はただ殿下に従うしかなかった。


オーウェン団長が何事もないかのように隣へ並び、周囲へ視線を巡らせる。


「雨が強くなってきました。足元にお気をつけください」


そう言われ頭を下げる。


「ありがとうございます」


馬車へ戻る道すがら、私は自分の胸の内を静かに確かめていた。


ナタリーさんのこと。

母のこと。

ニーナの事件。

守るべきものも、わからないことも多すぎる。


それでも――逃げるわけにはいかない。


馬車に乗り込むと、殿下は前方を見据え、淡々と指示を出した。

私はそっと席につき、窓を打つ雨音に耳を澄ませながら、心を整える。


――この先に何が待っているのかは、まだわからない。

それでも、進むしかないのだ。


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