『みじかい小説』047 / 白檀の香り ~1000文字にも満たないみじかいみじかい物語~
今年も残すところ、あとひと月となった。
ミズキはバッグの中からスケジュール帳を取り出すと、来月の仕事の予定に目を通した。
年度末ほどではないにせよ、年末は仕事納めと飲み会を同時にこなさなければならないので、違った意味でまた忙しい。
五分ほど前に火をともした棚の上のお香が、そろそろ部屋いっぱいに満ちてくる。
ババ臭いと言われるかもしれないが、ミズキは白檀の香りが好きである。
夜のうちに部屋いっぱいに焚き染めておく。
翌日、その残り香が職場で薫ってきたときのえも言われぬ瞬間ときたら。
しばし夢見心地となり手元のスケジュール帳から顔を上げて目を閉じる。
ゆっくりと深呼吸をして、今、このときに感じ入る。
「そんなに仕事する気が無いなら、明日から来なくていいから」
昨日職場の先輩から投げかけられた、そんな言葉が浮かんでくる。
仕事をする気はある。
ただミスが続いてしまっただけ。
なのにそんな言い方をしなくてもいいではないか。
というか、パワハラではないのか。
頭の中が段々もやもやしてきた。
私が30代、40代になっても、先輩は私の先輩であり続ける。
完全に舐められている以上、何歳になっても、何をしていても、同じように言われ続けるのだろう。
ミズキは大きくため息をついた。
パソコンを開き、転職サイトを開く。
既にいくつかの企業がブックマークしてあるマイページに飛ぶと、そのうちの一つの詳細を開いた。
【未経験者歓迎/丁寧な研修制度/20代・30代がメインの明るい職場です!】
その下に、ずらっと具体的な雇用条件が並ぶ。
今の職場は勤めて約2年半になる。
今年度末でいわゆる3年目になるわけだが、果たして今のタイミングでの転職が正しいのかどうか、ミズキには分からない。
「どこに行っても、気の合わない人はいるものよ」
とは、現役バリバリの営業をこなしている母の言葉である。
もうちょっとだけ、頑張ってみようかな。
先輩の対応にさえ我慢すれば、今の仕事は嫌いではないのだ。
ミズキは部屋の隅に立てかけられた姿見の中の自分と目を合わせると、にっと笑顔を作った。
机の上に広げたスケジュール帳に目を落とし、今年を振り返る。
うん、もうちょっとだけ。
目を閉じて、胸いっぱいに、白檀の香りを吸い込んだ。




