第二十一話:唯一の注意事項
アスイェとセラフィナの会話はいつもいつも突然始まる。
彼は本を読み、セラフィナは隣で静かに座っていた。
最近セラフィナの身長が伸びて、もう少女の姿になった。
セラフィナ自身はあまり気にしていないが、最近は服装も変わり、いつの間にか、アスイェのマントの下に入ることも、抱き上げられることもなくなっていた。
時々セラフィナは自分から近づき、アスイェも拒まず応じた。
だが、それでもセラフィナは少し苛立っていた。
さっきセラフィナが甘えようとしたが、返ってきたのは「お腹がすいているのか」という言葉だった。
「違うの……」
「なら少し待って」
セラフィナは本当に待っていた。
ただ足を揺らして、待っていた。
その気分はあまりよくなかったが、アスイェがそう言うなら、少女は待つことができた。
アスイェの一言でイライラしていた気持ちは少しだけやわらげた。
アスイェが本を読み終えたのは、セラフィナが我慢できなくなる前だった。
「……さっきから我慢してるな。どうした?」
「……我慢してない!」
「嘘をつく子は、好きじゃない」
セラフィナは口をつぐんだ。
少ししたら、セラフィナは自分が空腹だと認めた。
顔を下げ、言ってはいけないことを口にするようだった。
「……一つだけ、教えてやる」
セラフィナはまた顔を上げた。
「俺の血以外、飲むな。どんな時でもだ」
「なんで?」
「お前が小さい時、俺の血しか飲めない……」
セラフィナはアスイェを見つめた。
「ほかの血を嗅いでも、吸血衝動を抑えられるか……?」
そう簡単に言うが、少女は唇を噛んだ。
少女はアスイェに「できない」とは言いたくなかった。だが、さっきはできなかった。
「ほかの血は飲まない、アスイェの血がいいから……」
それは答えというより、甘えだった。
「うん。少し訓練が必要だ」
「……いまからなの?」
「そう、今から」
セラフィナはアスイェに連れられて、彼の書斎に入った。
灯りのない書斎は、夜そのものに溶けていた。灯りをつけても、薄い光がアスイェの髪を照らすだけで、ほかはなお暗い。セラフィナには表情がよく見えなかった。
アスイェは古い箱から瓶をひとつ持ち出した。
「もっと近くにくればいい」
いつの間にかアスイェは手を離し、セラフィナは扉の近くで足を止めた。
セラフィナはゆっくりと足を動かし、一歩一歩、まるで雪の上を歩いているような気がした。
——匂いがする。
吸血鬼にとって抗えない、錆びた鉄の匂い。
セラフィナはゆっくりと、瓶を持つアスイェに近づいた。だが、その瓶を見つめることができなかった。
「瓶を見つめて」
セラフィナは瓶を見つめた。
体は震えてはいない。だが唇を噛み、背筋を伸ばしたまま硬くなっていた。
「……これは飲んではいけない血だ……」
少女は話す余裕もなく、ただ早くうなずいた。
「呼吸を止めない」
「……むり……」
「慣れるんだ。呼吸を止めない」
セラフィナは泣きそうだった。
セラフィナの目はうるんでいて、まるで助けを求めるようにアスイェを見た。
「よくできている。もっと近づけ……」
少女は動かなかった。
アスイェは瓶を置き、幼い手首を引いて、セラフィナを一歩だけ近づかせた。
血の匂いは一気に濃くなった。
セラフィナの震えがとまらなかった。
我慢の限界だった。
セラフィナはそのまま、アスイェの腕の中に逃げ込んだ。
アスイェは黙って応じるように受け止め、背を撫でた。
「ゆっくりと息を吸って、吐き出す」
やがてセラフィナの震えは少しずつ鎮まった。
「匂いだけで、お前は死なない。見て、判断して、最後に俺のところへ来ればいい」
「……慣れたら、つらくなくなるのか」
疲れ果てた少女の弱い声が、アスイェの胸元から漏れ、よく聞き取れなかった。
「今日はもう休め、慣れるのは時間がかかる」
成長には時間がいる。
だが二人には、時間だけは余るほどあった。




