表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アスイェ•Asyeh  作者: 新城凪
その三:成長は痛みを伴う
21/21

第二十話:彼女はルビーを見えた

セラフィナが自ら言い出した。

――その特別な夜に現れる、血のように赤い、吸血鬼の目のような月を「見たい」と。

「『ダメ』って言うのはなし!今夜は、血の月の夜でしょう?セラは見たい!」

若い子は朝からそう宣言していた。

「危険だって、セラはまだ見てないからわかんないもん!」

そのあとも何度か同じことを言い、まるで決定事項のように準備を始めた。

準備する物の中に、自分の気に入りのマントも持ち出し、「これがあれば寒くない」と、自分に言い聞かせるように」

アスイェは「いい」も「ダメ」も言わず。ただ聞いていただけだった。

夜が来る前に、アスイェはついに折れた。


紅月あかつきが昇った時、二人は壊れかけた石柱の上に立ち、待っていた。

今夜は風が吹いていない。周囲には、奇妙な静けさが広がっていた。

その赤は、まるで溶け出した鉄のようだった。

セラフィナが紅月を見つめると、その溶け出した鉄のような赤が目から入り、体に熱が走った。

「……きれい……」

アスイェは彼女の後ろに立って、フードをわずかに落として、顔を影に沈めていた。

「アスイェもみたいの?」

彼は顔を上げた。

――セラフィナは、初めて彼の赤い瞳を見た。

普段は落ち着いた灰青はいせいの瞳。

それが赤く染まると、吸血鬼にしかない危険な生命力に満ちていた。

その瞳は、ルビーのように紅月の下で輝いていた。

その目につられて、セラフィナはとある欲望を感じた。

――食欲だった。

鼻が血の匂いにくすぐられた。

彼女は、自分の中に響く音を聞いた。

それは心臓――アスイェが持っていない、自分だけが持つ臓器の音なのか、それとも血管を流れる音なのか。

血管から出る音なのか――それも、セラフィナには分からない。

「アスイェは、むかしからこうなるの?」

アスイェは頷いた。

「セラはむかし、アスイェみたいなものが怖かった」

「……なら、今はどうだ?」

セラフィナは顔を上げ、彼を見つめて、そっと手を伸ばした。

いつものように、アスイェは迷いなく子を抱き上げた。

「コウモリにかわるの?」

「変わらない」

「なぜたべないの?」

「食べられない」

「アスイェがのんていたものをのみたい」

「だめだ」

「セラは、そのカフスボタン、すきよ」

「うん」

「もういらないの?」

「セラと、ひとつずつだと言ったはずだ」

「なくしたくない」

「付けていい。俺がマントに付けてあげる」

「なら、セラ、毎日つける!寝てるときしか取らない!笑わないで!」

「笑ってない」

「聞いたもん!」

彼は、わずかに笑った。

「アスイェ、いいにおい……」

彼女は食欲を抑えようと必死だったが、今はもう抑えきれないらしく、彼の腕の中で小さく動いた。

「降りたいのか?」

「ううん……あのね……セラは悪い子じゃないよ……ただ、少しだけ、シロップを飲みたい」

「……ミルクは?」

「ううん、ミルクはいらない。シロップだけ」

「なら屋敷に帰ろう。紅月は、もういいだろう」


***


屋敷に帰っても、セラフィナはまだやりたいことがあるらしく、落ち着かずにいた。

「……寝ないのか?」

「ううん、寝る」

そう言ってはいたが、セラフィナはなかなか横になれなかった。

何か言いたげに唇が動いたが、声にはならなかった。

「そろそろ自分で寝ろう」

セラフィナは部屋に入った時からずっと、アスイェの手を握ったまま、離さなかった。

「……アスイェの赤い目をみたいの……」

「さっき見たはずだ」

「きれいだから、もう一度みたい」

「噛まれたいか?」

「ち、ちがうの!みたいだけ!」

アスイェはセラフィナと目を合わせた。

「もし、吸血衝動しょうどうが抑えられるなら、いくらでも見てあげる」

「うん!」

アスイェがもう一度顔を上げたとき、彼の瞳はすでに赤く染まっていた。


瞳が深紅だった。

それはまるで、ガラスの奥に液体が満たされているかのようで、静かで、波立たず、けれど濃く――目を逸らせない色だった。

彼女は思わず息を止めた。

セラフィナには言葉がなく、ただこの美しさを目に焼き付けていた。


だが、彼女の体が先に反応した。

指先が震え、体がざわついた。

その瞬間、アスイェに近づきたい衝動が湧いた。だがそれは自分の欲望だと知って、彼女は抑えた。

「もういいのか?」

セラフィナはふっとひと息を吐き出し、頭を縦に振った。

「……よく耐えたな」

セラフィナは骨が抜かれたように、泣きそうな声で言った。

「アスイェが我慢していたから……」

「食べるのか?」

セラフィナは本能に抗うように首を横に振ったが、やがて負けを認めた。

「……アスイェ……」

「うん?」

「ちょっと、血をもらいる?」

アスイェは自分の指をセラフィナの口元に近づけた。

「口を開けろ」

セラフィナはゆっくりと口を開け、彼の指が牙にかすかに触れた。血が滲んだ。

「ありがとう……」

この夜は、そろそろ終わりを迎える。――そして、幼子はまた少し成長していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ