第十八話:アスイェの昼休み
屋敷がいちばん静かになるのは――アスイェの休み時間だった。
風はまるで見えない蛇のように椅子の脚を回り、彼の袖をなぞり、そのまま彼のそばを通り抜けて消えた。
アスイェは庭に置かれた長椅子にもたれて、目を閉じている。
元々腰を下ろしているだけだったが、静かになると、アスイェは瞼を閉じ、呼吸もゆっくりになり、眠りに落ちそうになった。
彼は眠りに落ちそうになった。
だが、その静けさは簡単に破れた。
かすかな音が、途切れ途切れに屋敷の中へ広がってくる。
最初は足音だった。ばたばたと慌ただしく、何か小さなものが落ちた気配がして、
すぐに幼子の声が続いた。
「あ……」
彼は誰だかをわかっていたから目を開かなかった。
――セラフィナは最近、やたらと元気がある。
走り回らないときでも、何かを探して屋敷を歩き回っている。
時々アスイェを連れて、いわゆる「アスイェが見たことのないもの」を見せていた。
「ほら!ねこ!」
「風がうるさい!」
そうして、セラフィナは問いかけてきた。
「たべないの?」
「なぜセラじゃいけないの?」
「コウモリにへんしんできるの?」
アスイェは答える時があれば、答えない時もある。
そしていつも騒いだあと、セラフィナは彼の腕の中に入り、「疲れているの?」と聞く。
時々彼は確かに、「疲れ」を感じる。
それは変な感覚だった。
まるで体の内側に、ふわふわとした何かを閉じ込められ、このまま横になっているしかないような感覚。
アスイェは忘れたと思ったが、彼はこの感覚を昔から知っていた。
かつて――病を越えたあとの子どもも、セラフィナのように騒ぎ、笑い、走り回った。
子供が元気になるほど、彼は疲れていった。
「アスイェは、ゆめを見てるの?どんなゆめ?」
アスイェは目を開けなかった。
セラフィナは彼の指をつかまえて、自分の話を始めた。
「セラはね、ゆめをみたの、大きなつばさがあったの。セラは空に飛んでる。アスイェは下にセラをまっていた!」
「……アスイェ……きいてるの?」
アスイェは本当に深い眠りに落ちているらしく、返事がなかった。
しかし、セラフィナは彼の指を離した瞬間、セラフィナの手首はもう掴まれていた。
セラフィナが何か言う前に、アスイェはその子を自分の腕の中に閉じ込めた。
「セラ、うるさい……このまま静かにしていろ……」
アスイェは目を閉じたまま、また休みに沈んだ。
セラフィナはこっそりと笑って、おとなしくしていた。
***
アスイェが目を開ける時、風はまだ吹いていた。
花はゆっくりと揺れている。
彼の知る風にしては、やさしすぎる。
だが、それはアスイェの感じた違和感ではなかった。
肩が暖かい。
だが、それは毛布からのものでも、日の光からでもなかった。
それは子供の体からのものだった。
セラフィナは彼のそばに寄り添って座り、身を傾けながら、指先で彼の手を静かに触れていた。
セラフィナはまだ、アスイェが目を覚ましたことに気づいていなかった。
幼子の体は正直だった。
彼女のお腹が大きく鳴った。
顔を上げるとアスイェと目があった。
「いいの?」
アスイェはすぐには答えなかった
でもセラフィナの次の言葉がアスイェの表情を変えた。
「アスイェ、老いたの?」
セラフィナは、デコピンをくらった。
幼子は「あーいたい!」と叫び、うるんだ目で彼を見た。
「食べるか?」アスイェは淡々と聞いた。
セラフィナが口を開けると、アスイェは指をその口の中へ伸ばし、幼い牙に軽く触れた。
血が出た。
アスイェはその血を幼子の舌に塗った。
子の目が光った。
「おいしい!」
セラフィナはそのまま彼の手を掴んで、少しだけ食べた。
アスイェはセラフィナの食べる様子を見た。
幼子はほんとに変わった。
以前は血を吸う本能を抑えていたのに、今は「食べる」ことを楽しんでいる。
アスイェは一瞬だけ考えて、静かに言った。
「お前は俺が老いてほしいのか?」
「え?」セラフィナは止まって、口の中にはまだ飲み込めていない血が残っている。
「さっき、老いたかかと聞いたが……」
「セラが聞きたかった……」
「なんだ?」
「……なんでもない」
セラフィナはアスイェの視線を避け、静かになった。
アスイェは片手で幼子の頭を撫で、なぜか小さく笑った。
「歳をとるのも、悪くない。お前が成長しているということだ」
幼子はもう彼の血を飲んでいないが、彼の手を掴んでいるままだ。
やがて子は安心して、彼の腕の中で午後を過ごした。
時間は、まだたくさんある。
この子が大人になるまで――それは、きっと続いていく。




