第1章 マイ・エンジェルボーイ 3
「お待たせ致しました」
やがて、メイドが珈琲とレモンウォーターを運んで来た。
「有難う。ねぇ、貴女に少しばかり訊きたい事が有るんだけど」
「何でしょう?わたくしに分かる事は少ないですが・・・」
「大丈夫、貴女が知ってる範囲で良いんだから」
あたしは、その娘のお人形のようにくりっと見開いている可愛い眼を見ながら、ゴシップ好きな家政婦の様な口調でそう言った。
「ところで、スグルの親父さんって、どんな仕事をしてんの?」
あたしは一番知りたかった質問をした。
「まあ!ご主人様の事を呼び捨てにするなんて!」
「へっ?あ、いや、その、ここのお家ってさ、凄く大きいじゃん。あたし、柄にもなく舞い上がってたから。ス、スグル様のお父上様ってきっと大金持ちの方なんでしょう?」
あたしは、自分の舌を噛んでいないか、ベロを口の中で回した。
よっしゃ~!舌は噛んでいない!
「ご主人様は、ご主人様が4歳の時にご両親を飛行機事故で亡くされました」
「そうだったの・・・」
あたしは、知らない事とは言え、最初の質問としては最悪の話題を選んでしまった様だ。
「じゃあさあ、あ、失礼!若しそうで有るならば、スグル様はそのお父上様から相続したのがこの館と、更に若しかしたら莫大な現金を含む財産って事ね!」
「いいえ」
「いいえ?」
あたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ご主人様のお父上は、米国のワイオミング州で牧場を経営されていたのですが、お子様はご主人様がお一人だったので、他の数少ない親族の方も遺産放棄されたので、その遺産の全ては確かにご主人様が相続されたのですが・・・」
「ふむ、ふむ。全ての遺産を相続されたのですが、それからどう成っちゃったの?」
あたしは、そのメイドの顔にぐっと近づいて訊いた。
「お客様、わたくし、母屋の方でお仕事が残っておりますので、誠に申し訳ございませんが戻らせて戴きます」
そう言うとメイドは、部屋の出口に向かおうとした。
「ま、待って!お仕事が有るのは分かった。分かったから、もう一つだけ!」
メイドは、あたしの方には振り向かずに足取りだけを止めた。
「このお家って、若い女の人はよく遊びに来るの?」
「いいえ、わたくしが知る限り、お客様が初めてです」
「えーっ?あたしが初めてなの?」
「この家でご主人様に仕えている者は、わたくしを含めて全員が住み込みですが、他の誰からもそのようなお話を伺った事はございません」
「そ、そうなの?ごめんね、忙しい時に時間を取らせちゃって」
メイドは、振り向くとあたしにぺこりとお辞儀をしてから、急ぎ足で母屋に戻って行った。
3つの質問しかしていない割には、核心に少しばかり迫る話が聞けたかな?
あたしはそれなりの満足感を得て、冷め始めた珈琲を啜った。
そうか、お父さんの事は単にお父上で良いのか。
頭に「お」が付いてるから、「お父上様」は少々やり過ぎだったのね。
あれ?でも「お子様」の場合は、余り「お子」で終わる事は無いよね?
レストランでも、「お子様」のご注文は如何しましょう?と訊くのが普通で、「お子」のご注文は如何しましょう?とは言わないし・・・。
あたしが一人で、質問者と回答者とその回答を批判する評論家までやっていた時、部屋にノックの音が響いてスグルが部屋の中に入って来た。
「やあ、お待たせ。あれ?その珈琲、ミサトさんのお口に合わなかった?」
「いいえ、余りに美味しいから、少しづつ飲んでたの」
「ははは、そう言って貰えると嬉しいよ。それより、僕が懇意にしてるカルテットが思ったよりも早く来て呉れたから、これからホールの方に案内するね」
そう言うとスグルは、あたしと肩を並べて歩きながら、母屋のホールへとあたしを案内した。
あたしは今、パンプスを履いているからあたしがスグルを見下ろす感じに成ってるけど、多分、二人共身長は170cm前後だと思った。
「ねえ、シンジ君。先刻、珈琲を持って来てくれたメイドさん、若くて可愛いね。それに礼儀正しいしね」
スグルはあたしの事をミサトさんって呼ぶ訳だから、こっちも暫くはシンジと呼んで対抗しなきゃね。
「ああ、柳澤さんの事だね。彼女は僕の母さんの実家のお店で、長年、総支配人をして呉れていた人の娘さんだよ。色々と事情が有って、今は当家で引き取っているんだ」
あのメイドの苗字は柳澤と言うのか。
あたしから見れば小娘だけど、スグルから見たら年上の女性だもんね。
苗字に「さん」を付けていたり、この家にいるのもあの娘側の事情に依るって事は、取り敢えず「この二人が恋仲って線」はナシだね!
ヒヒヒ、あたしの心の中がそう笑っ