第1章 マイ・エンジェルボーイ 11
光った亀の目を見詰めていると、亀の額に湖のようなマークが記されていた。
やがて、そのマークに向かってマウスのポインターが自動的に移動して、同じく自動的にそれがクリックされた。
おお!流石はテクニック不要のRPG!
画面に、海だか湖だかに沈んだ古城のムービーが流れて、「その頃、竜宮城では・・・」と言うテロップが流れた。
「やっぱり竜宮城じゃん!」
あたしは、このゲームがあたしの設定通りに進行した事に満足感を覚えていた。
ムービーが終了すると、5人の「勇者」が、玉座が有る広い部屋に入って来た。
玉座にはオープニングのデモに出ていた人魚姫と思われる少女が、いかにもザコ敵らしい5体とエリートっぽいザコ敵3体、そして隊長らしきボス敵1体に捕らえられていた。
「これは、お約束の初バトルだね!」
あたしはザコ敵の一人をクリックして見た。
すると、敵パーティと、味方の「勇者」5体のパーティとの戦闘画面に切り替わった。
戦闘画面で、敵に動く気配が全くないので、戦闘スタイルはどうやら「ターン制」らしい。
キャラにはスピード値と言うパラメータは無いらしく、どの味方キャラからでも行動が可能だった。
「先ずは小手調べだね」
あたしは後衛の、「私、魔女です!」と服と帽子で力一杯自己主張しているキャラの「メ・ファイヤ」をザコ敵に見舞った。
「メ・ファイヤ」は、あたしの予想通り「炎系全体魔法」だった。
その魔法は、緑色の帽子のザコ敵2体にはかなり有効だったが、他の青色の帽子のザコ敵からはほとんどHPを奪えなかった。
「属性で有利・不利が有るって事ね。あ~あ、平凡なバトルシステム!」
お礼の品まで用意されているテストゲームなので、もっと斬新なバトルシステムを期待していたあたしは心底からそう愚痴った。
その時、赤色のの帽子のザコ敵が、「私、魔女です!」に対してカウンター攻撃をして来た。
「同色系の相手は、カウンターを仕掛けて来るのか?メンドクセ~!」
少し頭に来たあたしは、5人の中でレベルが最も高い、きっとエースアタッカーの筈のキャラで、物理攻撃を行う事にした。
「エリート敵の帽子は白色だったから、多分、属性は関係が無さそうだし」
あたしがそのエースアタッカーでエリート敵を攻撃する事を決めた時、グオ~ンと言う効果音がしてザコ敵全員の帽子の色がそれぞれレインボーカラーに、そしてエリート敵全員の帽子がゼブラ柄に変わった。
「あ~あ、このゲーム!やっぱ、超メンドクセ~!」
あたしの「ムカつき度」は少しづつ頂点に向かい始めていた。
それからは、どうにでも成れとばかりに闇雲に攻撃し捲くった結果、あたしは何とか緒戦に勝利した。
この激闘で、5人の「勇者」で生き残ったのは、タンク役の野太い身体を持った男性キャラだけだった。
「この調子じゃ、次戦の勝利は厳しいかも?」
戦闘後、レベル37だったタンク男と、そして何故かしらヤレれてしまったヒーラーが7段階もレベアップした。
更に、敵キャラが「玉手箱」と言うアイテムをドロップした。
幾ら竜宮城だからって玉手箱だとは?それって余りに安直過ぎない?第一このアイテムは一体何なのよ?
あたしは次戦に備えてパーティを強化すべく、装備一覧を開いてみたが予備の装備は何も持っていなかった。
次に道具一覧を開くと、先程、敵がドロップした玉手箱だけがストックされていた。
「シケてやがんの!」
それからキャスト一覧を開いてみたら、別の6人の「勇者」が既に仲間に成っていた。
内訳は、タンク、物理アタッカー、魔法アタッカー、バッファー、それにデバッファーとヒーラーが各1体で、レベルは全員が37だった。
パーティのチューニングを最低限は行えるロール構成だった。
あたしは、使い難そうな魔女自己主張女を男性物理アタッカーに代えた。
そして目立ったデバフ効果を発揮しなかった女性デバッファーを、女性ヒーラーに交代させた。
前戦でレベルアップした、そして唯一、回復時にカットインが入る秘儀を披露した「眼鏡っ娘ヒーラー」とのダブルヒーラーで、長期戦を戦い抜く積りにあたしは成っていたからだ。
その時、「あのう、私、今日は体調が悪いので休ませて貰えませんか?誰か他のキャラと交換して貰えると有り難いのですが・・・」と「眼鏡っ娘ヒーラー」があたしに懇願した。
あんたねぇ、何の為にレベルアップしたと思ってんのよ?
却下!そんな甘い事が戦場で許されるとでも?
あんたは次戦も仲間を回復し捲るのよ!分かったわね!
あたしは、キャスト一覧の画面をそそくさと閉じた。
「あっ、これこれ、姫様!勝手に逃げ出されては、わしらが困ります!」
前戦であたしからヤラれて、死んでいた筈の敵キャラが、全員ムクッと起き上がった。
お前達はゾンビだったのか!
「どうしたんだ?騒々しい!」
「これは閣下!怪しい奴らが侵入して来ましたので、先程、軽く可愛がってやった所です」
ふん、良く言うよ!あんたはあたしに負けた癖に!
どうやらこの閣下と呼ばれたキャラがラスボスぽっかった。
僅か1時間のテストだから、このタイミングでラスボスが登場しても決して不思議では無かった。
「はっはっはっ!久し振りだな、浦島仮面!」
ゲームの画面を良く見ると、何時の間にか自陣パーティに亀が加わっていた。
「亀も来たのか?よしよし、亀パンチに期待してるよ!」
ところで浦島仮面と言う事は、このラスボスが浦島太郎?
「まさかお前が生きていたとは?亀亀凡人!今度こそ覚悟しやがれ」
浦島仮面VS亀亀凡人か?
それにしてもこのゲーム、こんなクサい科白を良く恥ずかし気も無く言えるよね。
あたしはそっちの面で感心した。
やがて戦闘ターンが始まった。
亀亀凡人の行動パネルを開くと「じじい化」の一択だった。
あたしは敵のラスボスに「じじい化」攻撃を行おうとしたが、「このキャラには使用出来ません」とのクレジットが入った。
そりゃそうだよね!「じじい化」がどれだけ凄い攻撃かは知らないが、この一撃でラスボスが倒れたら流石に面白く無い物ね!
そこであたしは、先程、「軽く可愛がってやった」と嘘をホザいた隊長に「じじい化」をお見舞いした。
亀亀凡人は、あたしが唯一所持しているアイテムの「玉手箱」を敵隊長に投げ付けた。
すると、敵隊長は白い煙に包まれた。
「行け~、亀!此奴をじじい化するのじゃ!」
果たして、玉手箱は敵隊長に命中したらしく、敵隊長は腰が曲がったお爺さんの姿に変わった。
そして続けざまに、「タートルパ~ンチ!」と言うボイスと共に、亀の追加攻撃がじじい化した敵隊長を直撃した。
「凄い!オーバーキル確定!」
だが、じじい化した隊長は、パッシブスキル「じじいのド根性」を使って、HP1で何とか生き残った。
あたしは、そのじじいの根性に敬意を表して、この爺さんは最後に倒す事を決めた。
そして爺さんの「流石に効いたわい!」と言うボイスの後に、戦闘画面に小窓が開いて、ストーリーが進行した。
「これは白浪童子様、よくぞ来て下さいました!皆の衆、これで我々の勝利は間違い無しだ。ささ、童子様、私の様な亀では役不足でございます。代わりに姫様を助けてやって下さい」
亀がそう言うと、戦闘画面から亀は消えて、その場所に純白の戦闘服を纏った白浪童子が位置した。
「此奴が乙姫を助ける主役のヒーローか?あたしの緒戦は皆の衆と共に戦っていたのね。そりゃ~苦戦する筈だわ」
あたしの中でそれまで「勇者」だった皆の衆は、「只の皆の衆」に格下げされた。
一方、皆の衆と共に、乙姫と言う名の「ヒロイン人魚姫」を助ける筈のヒーローは、彼の唯一の行動で有る「投げる」を使おうとしても投げるアイテムを持っていないので、この戦闘では只の魔除けか泥人形みたいな存在に成り果てていた。
他方、HP1で生き残ったじじいの方は、このセカンドバトルでは大いに活躍した。
実はこのじじい、じじい化された時にボケが入ったみたいで、時間に構わず「敵(じじいから見れば本来は味方)キャラ」を敵ターンでさえ杖で殴り捲くった。
結局、最後にはこのじじいを倒さざるを得なかったが、倒すのが惜しい程の「ボケ振り」で、このセカンドバトルは楽勝で終了した。
戦闘終了時に、「ボケじじい」は「ごっつうヤバい玉手箱」をドロップした。
どうでも良い事だったが、このゲームの製作者が繰り出す「最低のネーミングセンス」のお陰で、あたしはこのゲームの推奨対象年齢は12歳未満だと確信するに至った。