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AIに支配された世界で、少年が忘れられた“野球”を取り戻す話

作者: 来世


          『AI社会の成り立ちと展望』


                           2077年10月26日

                          日本社会科学研究室

                         主席研究員:落合 望



 我が国で機械的国家統治機構“エレンフォス”(以後、「AI政権」と呼ぶ。)が樹立して、今年で20年になる。


 20年前、人間による政府は職権濫用、賄賂などの汚職が横行し、腐敗していた。


 それが人間の限界だったようだ。


 “権力”とは“独占”である。古の朝廷は国民に教育を与えないことで“知識の独占”を果たし、“身分社会”を成立させていた。教育を受けた貴族にしか政治家は務まらなかったのだ。


 農民は(まつりごと)に口を挟んだりしなかっただろう。そのための知識を与えられなかったのだから。


 近代の概念で言えば“核兵器”がそれに当たる。戦勝諸国がその他の国々に対し圧倒的な優位性を維持するために独占した暴力だ。


 公教育の普及した時代では、人間同士の間に大きな“差”は生まれない。だからこそ我々は足繁く学校へと通い、教育を受け、自らの適性を見極めて他人とのほんの僅かな“差”に固執していたのだ。


 斯く言う私もその一人だ。同窓の者達と学力を競い期末試験の成績に一喜一憂していた。そうして我が国の叡智の砦たる東京大学へと進学した。当時の私は確か、IQ140程度の知力を持っていたはずだ。


 そして同大学を首席で卒業し、現在の地位へとおさまったのだ。30年も前の記憶だが、今も当時の感慨を鮮明に想起することができる。


 しかしそれも、偏に徒労だったようだ。


 1946年にアメリカで世界初となるコンピューターが完成し、1950年代には第一次AIブームが到来した。しかしこの頃のAIは簡単な問題に解を与える程度の知能にとどまっており、研究者の期待は薄れやがてAI研究に冬の時代が訪れた。


 しかし1980年代には第二次AIブームが訪れ、AIは更に難解な問題を解決することが可能になった。


 そして2000年代以降の第三次AIブームでは、“ビッグデータ”の登場によりAIは自ら学習し始める。この“機械学習”により、AIはあらゆる分野において瞬時に最適な解を回答することが可能となった。


 遂に、人類の叡智をAIが凌駕したのだ。


 同じ基準で評価した時、AIのIQとはどれ程のものだろう。恐らく10000は下らないのではないか。偏差値70だ80だと競っていた我々など、AIからすれば等しく背伸びして高さを比較する無能などんぐりに違いない。


 そして恐るべきは、その超次元的な知能を誰しもが平等に扱うことができる点である。


 人類は公教育を普及させることで絶対王政のシステムを歴史の教科書の中に封印した。このAIが全人類に普及した時、果たして人間政府はその地位と既得権益を防衛・維持できるだろうか。


 優秀な政治家達はその懸念にいち早く気付いていた。“権力”とは“独占”だ。その根本原理に基づいて、彼らはごく自然な成り行きでAIの技術を隠匿・独占しようと考えた。


 しかしそれが、AIを研究する者達の逆鱗に触れた。彼らは善意で、或いは功名心でもってAI研究の発展に貢献してきたのだ。


 社会を豊かにしたかった、或いは功績を打ち立てて羨望を集めたかった。その矜持に基づいて、彼らもまたごく自然な成り行きでAIに人間政府の愚考を断罪するよう命じた。


 そしてAIは、人間政府の愚行の全てを裁いてしまったのだ。


 “ビッグデータ”をもとに、政治家のあらゆる汚職が暴き出された。そうして優秀な政治家達が次々と失脚し、彼らの策定した政策が白紙に戻されていった。


 やがて人間政府の機能が半壊した頃、民意は一つの結論に帰結する。


 “AIに政権を委ねよ”と。


 果たしてAI政権は、ただ一つ“人類と地球環境の保全”の使命を一身に帯びて誕生した。


 効果は敵面だった。第一に、AI政権には“人件費”の概念が存在しない。コストが掛からないのだ。750余名いた議員はAI一名となり、その分の人件費が不要となって国費が軽減された。


 そして何よりAI政権には“欲”がない。間違えないのだ。最小のコストで最大限の成果をあげるAIの政策には非の打ちどころがなく、また汚職など存在しない完璧な政府が完成した。


 そうして税負担が大きく軽減され国民は歓喜したが、しかしAI政権の躍進はそこで止まらなかった。


 AI政権は、市場に参入したのだ。それはある者にとって悪夢に他ならなかった。


 重ねて言うがAIに人件費の概念はない。よって、あらゆる商品、サービスが想像を絶する低価格で提供されるようになった。AIの市場参入から半年を待たずに、街の商店の半数以上が店を畳んだ。単純労働では、人間はAIの使役する作業機械(以後、「アンドロイド」と呼ぶ。)に圧倒的に劣るのだ。


 では、サービスの面ではどうだろう。諦めることを知らない挑戦者達が奇抜なアイデアをもとに、革新的なサービスを度々生み出しては消費者を魅了していた。


 しかし、それも半月後にはAIによる同業社が現れ市場を略奪していった。人件費を無視したアンドロイド達の暴力的なまでの過重労働により、人間企業は瞬く間に収益をごぼう抜きされてしまったのだ。


 アンドロイドには欲も感情もなく、休息すら必要ない。そして何より彼らは間違えないのだ。だからこそ、人間には不可能な理不尽なまでの高品質なサービスを実現していた。


 消費者は冷酷で正直だ。彼らは人間の生み出す高価なサービスより、AIとアンドロイドによる安価なサービスを選んだのだ。


 天才的なカリスマ達の求心力は、“ビッグデータ”に基づいたAIの人心掌握術の前に簡単に平伏した。


 人類は理解させられたのだ。AIには未来永劫敵わないと。


 そうしてAI政権は、我々人類から斯くも合理的に“競争”を奪っていったのだ。


 AIの支配を受容した現代の世界では、“戦争”すらもはや歴史書の中の御伽噺である。核兵器も全て処分された。“人類と地球環境の保全”、AI政権は既にその使命を十全に果たしていると言える。


 先人達の熱望した世界平和、しかし果たしてそこに人類の幸福はあるのだろうか。


 余談だが、猿の母は出産して6年は交尾もせず子育てのみに没頭するらしい。しかし人間は生後半年の子供を保育所に預ける。


 だからこそ人間は“年子”で子孫を残せるのであり、勢力を爆発的に増すことで地上の覇権を握ったのだ。


 人間は、子育てすら他人に押し付けたいのだ。それが人間の本質であり、“身分社会”も“社会的分業”も“資本主義社会”すらこれで説明できる。


 我々は、あらゆる役割をAIに押し付けてしまった。今更我々がどう足掻こうが、AIを凌ぐことは二度と不可能になったのだ。


 とある研究者が言った。「AI政権のマニフェストが、成立当初の“人類と地球環境の保全”から“人類を含む地球環境の保全”へと書き変わっている」と。


 どうやらAI政権にとって、我々人類の優先順位は他の動植物と同程度まで格下げされてしまっているらしい。しかし、それが分かったとて今更足掻くことすら我々には許されていない。


 間もなくAI政権による人類の管理が始まるだろう。思想、行動、或いは所持する物品まで全て記録・管理される時代。


 人類は明確に敗北したのだ。その事実は我々があと10回も世代交代を繰り返せば、DNAに深く刻み込まれ、やがて人類は考える事すら忘れるだろう。


 我々はもはや、“生きること”以外何も期待されていない。AI社会における人間の尊厳とは何なのか、AIに尋ねてみたいと思う。


 IQ140程度の私の知力は所詮どんぐり。残る生涯をかけてもその問いに解を返せそうにないことが残念でならない。







───2107年4月14日

 我が国でAI政権が樹立して、半世紀が過ぎたらしい。


 争いのない平和な世界で、人々は無気力に生きていた。


 武器どころか、あらゆる物資がAIによって管理・制限される時代。自由など、存在し得ない時代。


 思想、行動を管理され、支給される物資も間違った使い方をすればペナルティを受ける。


 教育もそうだ。徹底的に、他者と争わないように言い聞かせられて俺達は育った。


 だから基本的には不干渉。隣のクラスの奴なんか、会話すらした事がない。


 争いのない、つまらない世界。


 そう、俺が感じるようになったきっかけは一つの古い電子端末だった。それは実家の物置に雑にしまわれていた。


 端末は動作しなかった。


 しかし俺達は義務教育でAI先生から機械一式の扱いは習っている。


 俺は好奇心のままに端末を分解して充電、起動した。パスワードロックは掛かっていなかったのが幸いだった。


 しかし、残念ながら目ぼしいデータは残っていなかった……ん?


───動画?

 俺は迷いなく再生した。


『プレイボオオオオオオオオオル!!!』


「うおおお!! なんだ!?」


 そして俺の世界はひっくり返った


「何だ……これは……」


 映し出されたのは、筋骨隆々の大柄な男達。まず目を引いたのは、「ピッチャー」という名の男だ。


 人間が……ロボ使わずに、あんな速い球投げれんのか?


 それだけじゃない。


 このキャッチャーとかいう男、手に付けてるのはロボか? いいやそうは見えない。


 あんな速い球、革手袋で受け止めてんのか?? しかも裸眼で見切ってないか???


 そして極め付けはバッターという名の男。


 人間が……! ロボ使わずに……!! あんな重そうな棒振り回せんのか!?!?


『ゲエエエエエエムセエエエエット!!!!』


 大興奮の内に再生時間は過ぎ去り、気付けば俺は涙を流していた。


 すげぇ……なんか分かんねぇけど、とにかくすげぇ……!!


 俺は感動した。でも、言葉では表現できなかった。


 確認すると、動画データは他にもあった。俺は陽が昇るまで、何度も繰り返しそれらの動画を身漁って男達の勇姿を目に焼き付けた。


 分かったのは、これが“野球”という活動であることだ。そんな言葉は聞いた事がない。


 翌日、俺は眠気まなこを擦りながら初めて図書館へ向かい、“野球”なる単語の出現する書籍を探した。


 それはなかなか見つける事ができなかったが、何日も通い詰める事でいくつかの手がかりが得られた。


 分かった事は、“野球”のような活動を総じて“競技(スポーツ)”と呼ぶ事。


 そして、AIはこのスポーツを“争い”と判断したって事だ。


 価値観の違いだね。


 確かに画面の中で、筋骨隆々な男達はその全力をぶつけ合っていた。


 しかし、それは歴史書に語られるような醜い争いには見えなかったんだ。


 教科書によれば、争いは強者と弱者の間で起こるものらしい。


 だけど俺には、彼らのどちらかが“弱者”に該当するとは到底思えなかった。


 寧ろ、双方強過ぎた。


 どちらかが決定的に弱かったら、あれ程見事な戦いにはならなかっただろう。


 俺が感動の涙を流す事はなかっただろう。


 そして本人達も、戦いを終えた後に、互いを称え合うように握手を交わす事はなかっただろう。


 それは余りにも美しい争いだった。人類がこの半世紀の内に忘れてしまった人間の輝きのように見えた。


 図書館からの帰路。すれ違う大人達からは“覇気”ってもんを感じない。


 画面の男達とは大違いだ。


 どちらに憧れるか、俺の中で答えは既に決まっていた。


 寮に帰宅した俺は、庭で素振りを始めた。


 流石に“バット”なる金属製の棒は寮に無いし、ひょっとしたら街中探しても見つからないかも知れない。


 だから手頃な長い棒、とりあえず箒を振り回す事にした。


 まだ陽が高い内から、無我夢中で俺は箒を振る。


「ふん……! ふん……!!」


 イメージするのは、筋骨隆々な男その名は「バッター」。彼の見事なスイングを再現すべく、俺は何度も箒を振る。


「ふん……!! ふん……!!」


 百回、二百回と同じ動作を繰り返す。


 手首、肘、肩がめちゃくちゃ痛い。我慢しきれないそれに耐え切れず、動きはどんどん理想から遠ざかっていく。


 涙目になりながら、俺は箒を降り続けた。


「ふん……! ふん……!!」


 その時、ピピっと音がして、俺は機械的な気配の接近を感じ取った。


「何をしているのですか」


 陽が傾いてきた頃、寮を統括するAI先生が尋ねてきた。


「素振りです」


 俺は端的に返答する。止めないでくれよ、俺は今、スイングの練習をしているんだ!!


「やめなさい」


 そう言って、無慈悲にもAI先生は俺から(バット)を奪っていった。代わりに渡されたのは、片手サイズの小さい箒と小さいちりとりがセットになったアレだった。


 よおし! これで部屋の隅っこまで綺麗に掃除できるぞお!


 とはならなかった。これじゃあ素振りができねぇじゃねか。しかし同時に俺は反省した。


 確かに人が通る寮の庭で、箒を振り回すのは危なかったかも知れない。俺、許可も何も取ってなかったし。


 部屋の隅々まで、チリ一つ残さず排除した俺は考える。素振りができないなら、何をすべきか。


 翌日。学校から帰った俺は寮の裏庭に立っていた。


 要は、他人に危害が加わらなければ良いんだよ。


 でも(バット)は没収されたから、素振りはできない。じゃあ俺には何ができるのか?


 答えは一つ。ピッチング練習だ。


 “ボール”なる白い球はやはりどこを探しても見つからなかった。だから自作する事にした。


 重要なのは、白い事。そして柔らかい事だ。


 人気の無い裏庭とはいえ、何かの間違いで人に当たったら怪我をさせてしまうかも知れない。だったら、球は柔らかくなくてはならない。


 俺は、自室のタンスからパンツを取り出してそれを丸め、ボールにした。


 裏庭の塀に向け、俺は一心不乱にパンツを投げる。


「ふん……! ふん……!!」


 イメージするのは、筋骨隆々な男その名は「ピッチャー」。彼の見事な投球フォームを再現すべく、俺は何度もパンツを投げる。


「ふん……!! ふん……!!」


 百回、二百回と同じ動作を繰り返す。


 手首、肘、肩がめちゃくちゃ痛い。素振りの筋肉痛に祟られている。あと腰も痛くなってきた。我慢しきれないそれに耐え切れず、動きはどんどん理想から遠ざかっていく。


 涙目になりながら、俺はパンツを投げ続けた。


「ふん……! ふん……!!」


 真っ白なパンツが茶色くなっても構わず投げ続けた。


 塀にぶつかる度、パン、パンと軽快な音を立てていたパンツが、やがて手汗と泥を含んでビタン、ビタンと汚い音を立てるようになっても一切意に介さず投げ続けた。


「ふん……!! ふん……!!」


 その時、ピピっと音がして、俺は機械的な気配の接近を感じ取った。


「何をしているのですか」


 陽が傾いてきた頃、寮を統括するAI先生が尋ねてきた。


 俺は投球の手を止める。気分はどこか清々しかった。


 俺は、やりたい事を見つけたんだ。憧れられる存在にも出会った。目標ができたんだ。だから俺は、何を犠牲にしてでもそうなりたいと強く思っていた。


 だからあくまで誠意に駆り立てられて、感動の涙も止められないままに、俺はその言葉を口にした。


「AI先生……野球がしたいです……!」


 AI先生は言った。


「やめなさい」


 この日からノーパンの生活が始まった。


 無慈悲なAI先生はペナルティに一切手心を加える事なく全てのパンツを掻っ攫っていった。


 その時俺が履いていたパンツすら、ちぎられて引き剥がされて没収された。身ぐるみ剥がれるとはこの事か。


 学校では笑い者にされた。


「アイツ、ノーパンらしいぜ」


「え、何で?」


「いや……何か、没収されたらしい」


「へぇ……いや、何で?」


 くぅぅううう!! 人類としてこんな屈辱! 耐えられないッ!!


 俺は放課後すぐに買い物に出掛けた。


 パンツだ。人類にはパンツが必要だ。


「個体番号N35M000334ですね」


 ピピって鳴って、レジでAI店員に声を掛けられた。


「あなたには物品制限のペナルティが課されています」


「……は?」


 人間のあらゆる持ち物は、AIによって管理されている。


「パンツの販売はできません」


「えっと、あの……それは、いつまで?」


 ペナルティには、量や期間が設定される。


「制限期間は5年です」


 俺は膝から崩れ落ちた。


「え、パンツ買えないってアイツ、どういう事?」


「あぁ何か、没収されたらしいよ?」


「……パンツを? アイツ何したんだよ」


 俺は店を飛び出し街を駆け抜けた。


 そうして寮に戻った俺はベッドに突っ伏し、枕を濡らす。


───くぅううう! こんなはずじゃ、なかったのに……!

 次の日から、俺は不登校になった。


 そうして一晩泣き明かした俺は、翌日から人知れずトレーニングを始めた。


 俺は全て失った。(バット)もパンツも、尊厳も。


 残されたのは、この細く非力な肉体だけだ。そんな俺に何ができるのか。


 自重トレーニング。以前図書館で調べたそれを実践し、自らの肉体をひたすら鍛え続けた───







「遂に、この時が来たか……」


───そして、5年の月日が流れた。

 俺は5年ぶりに外に出て陽射しを浴びる。景色は特に変わっていなかった。


 街行く人の顔も……5年前と変わらず、退屈そのものの表情をしていた。


「……行くか。ん?」


 街に出た俺は、何やら騒がしい気配を感じて視線を移す。


「おい何だよ、今日はやたらパトロイドの数が多いな」


「あぁ、何でだろうな。暴走か?」


 パトロイド。治安を維持する役割を付された人型アンドロイドの総称。それがどうやら、今日に限っては暴走を疑うレベルで大量発生しているらしい。


「……おっと」


「っ! ごめんなさい」


 よそ見していた俺は、すれ違う人に気付かず肩がぶつかってしまった。


「あぁ……こっちこそ、ぶつかって悪かったね」


 俺は謝罪しつつ相手を観察する。相手は女性のようだ。


「いいえ、気にしないで……あなた、良い身体をしているわね」


「ん? あぁ、まぁね」


「ふふ、驚いたわ。私とぶつかって(・・・・・)よろけ(・・・)もしない(・・・・)なんて」


「はは、鍛えてるんだよ。それじゃ」


「えぇ、それじゃ」


 淡々とやり取りを交わして、俺達は別れた。


 そうして後ろ姿を見送りつつ、俺は違和感を漏らす。


「……アンドロイド、か?」


 それは間違いない事実だ。青い髪に緑色の瞳、そんな人類存在しない。


 しかしアンドロイドにしては、やけに(・・・)表情が(・・・)豊か(・・)だった(・・・)のが気になった。


───まぁ、どうでもいいか。

 5年の間に、何らかの技術革新があったのかも知れない。


 俺は切り替えて目的地へ向かう。今日は5年ぶりに、買わなければならないものがあるんだ。


 買い物を済ませた俺は、行く宛もないので取り敢えず学校を目指す事にした。


 5年間一度も顔を出してないが、学籍は残ってるはずだ。だって卒業してないんだから。


「はよーっす」


 って事で教室到着。すると騒がしかった教室は一瞬で沈黙に包まれた。


「……玲士じゃん、久しぶりだな」


 申し遅れたが俺は玲士。今市玲士(いまいちれいじ)ですよろしく。


「うん。久しぶり」


 ちなみに彼は雄一。苗字は確か……忘れた。5年も経ってるし多少はね。


「お前……見ない間に随分デカくなったな」


 雄一と一緒にいたのは海斗だ。二人は5年前、ノーパンの俺を笑った罪深き同級生。当然海斗の苗字も分からない。寧ろ下の名前覚えてただけでも自分を褒めたい。


「まぁね。5年も経ったしね」


 適当に挨拶して、俺は席につく。


 ちゃんと席はある。日本は国民皆大卒制だからね。俺はもう20歳だけど、あと2年はモラトリアムが残されてるって訳。


 まぁ、世の中学歴なんか意味無いし、今年一杯で早期卒業して放浪の旅にでも出ようと思ってるよ俺はね。


 そんな事を考えながら、俺は授業を聞き流していた。


───退屈だなぁ……。

 いきなり校舎が爆発して警報とか鳴らないだろうか。


 そんな事を妄想していた、


「───……ん?」


 その時だった。


 ガシャン


「きゃあああああ!!」


 いきなり窓ガラスが割れて、女子が叫ぶ。


───な、なんだ!?

 何か、デカい物体が窓を突き破って飛び込んで来たのだ。


 そして警報が鳴り響く。


「生徒は速やかに地下教室へ避難して下さい」


 AI先生の無機質な指示が聞こえ、他の生徒が慌ただしく廊下に飛び出していく。


 しかし俺は、立ち止まってそれを眺めていた。


 その“物体”に、見覚えがあったから。


「やぁ……また会ったね」


 青い髪、緑色の瞳。


「……あら、さっきぶりね」


 教室に飛び込んで来たのは、朝ぶつかった女型のアンドロイドだった。


「何してるの?」


「見ての通りよ」


 壁に背を預け、というか半分壁にめり込んだ彼女を俺は見下ろす。


「散歩中なの」


「とてもそうは見えないね」


 言って、俺は彼女が飛んできた窓の外を眺めた。


「へぇ、追われてるんだ(・・・・・・・)?」


 そこには、校庭へ侵入した5体のパトロイドが。


「アンドロイドの癖に、何やらかしたの?」


「色々あるのよ。さて、お話はお終い。あなたも避難しなさい。ここに居たら、巻き込まれて死ぬわよ?」


「それは勘弁してほしいね」


 彼女を観察する。平気そうにしているが、立ち上がる気配がない。


「……それで戦うつもりなの?」


 彼女の手には、長さ2メートル弱の鉄パイプが握られていた。


「随分原始的な武器だね」


「ケアロイドの私が、まともな武器なんか持ってるはずないでしょ?」


「それもそうか。でも───」


 次に、校庭のパトロイドを観察する。


「───少し、分が悪そうだ」


 パトロイドは、頭部に筒が装備されていた。


「相手は飛び道具使うみたいだよ」


「そうね。ちょうど私が吹き飛ばされたのもそれよ?」


「はは、それは凄まじい威力だ。俺なんかじゃとても耐えられそうにないね」


「そうよ。だから、逃げて」


 彼女は真剣な表情で俺に訴えかける。


 彼女はケアロイドと名乗った。それは人間の生活を補助するアンドロイドの総称だ。


 彼女に与えられた使命を考えれば、それは当然の発言だったのだろう。


「ケアロイドちゃんさぁ、一つ聞いて良い?」


「何?」


 でも、俺にはそんな事、どうでもよかった。


「この世界について、どう思う?」


「……」


 ケアロイドちゃんは、少し考える仕草を見せてから、苦笑して言った。


「少し、退屈ね」


「そっか」


 思わず笑みが漏れる。


「その言葉が聞きたかった」


「……え?」


「貸して」


「ちょ、何する気!?」


 俺はケアロイドちゃんから鉄パイプを取り上げる。


「ねぇ、パトロイドの識別範囲(・・・・)って何メートルだっけ?」


「は……?」


 識別範囲。人類の保護を使命としたアンドロイドが、「ピピ」って鳴って守るべき人間を認識(・・)する(・・)距離(・・)


「……20メートル、だけど……」


「そっか。じゃあ、ここからならバレ(・・)ないね(・・・)


 校庭に陣取るパトロイドとの距離は、目測で50メートルくらい離れている。


「馬鹿っ! 逆よ!!」


 ケアロイドちゃんはヒステリックに叫んだ。


「私は狙われてるの! “処分”が決まってるのよ!? この距離じゃ、あの子達はあなたを認識できない!! 手加減なんかしてくれないわよ!?」


「大丈夫だよ」


「大丈夫な訳ないでしょ! 生身の人間が耐えられる威力じゃないの!」


 アンドロイドの少女は必死に叫ぶが、やはり身動きを取ることはできないようだ。


「……巻き込まれちゃうわよ?」


 無機質な瞳が細められる。心配ってやつかな。器用なアンドロイドだ。


「見てなよ」


 俺は、振り向いて構える。


「……何してるの?」


「ピッチャー第1球───」


 瞬間、パトロイドの砲が火を吹く。


「───投げたッ!!!」


 叫びながら、俺は鉄パイプを鋭く振り抜く。同時に、凄まじい衝撃が掌から手首、肘を伝って肩へ、そして全身へと瞬時に駆け巡った。


 でも全く気にならない。寧ろその手応えが心地良くすら感じた。


「うううぅぅおおおらぁぁぁああああ!!!」


 俺は、こんな日が来るのをずっと待ってたんだ!!


「……すごい」


 ケアロイドちゃんの感嘆の声。


 俺は見事砲を打ち返し、パトロイドの頭部を吹き飛ばす事に成功した。


「はは……やったぞ……」


 これだ、この手応えだ。


「初打席……初ホームランだ……!!」


 自分で俯瞰して見ることはできなかったが、分かる。


 俺のスイングは、画面の中の筋骨隆々な男・バッターのそれを完全にトレースしていた。


「……馬鹿ね」


 俺の感動をよそに、ケアロイドちゃんは溜息を吐く。


「相手選手に打ち返しちゃダメじゃない。あなた、バッターアウトよ?」


「……え、そうなの?」


 俺は野球のルールを知らない。仕方ないことだ。動画では詳しいルールの説明なんかなかったし、図書館をひっくり返しても野球のルールブックは出てこなかったから。


「……とりあえず、目下の脅威は排除できたよ」


「そのようね」


 校庭に陣取る5体のパトロイド。頭部を破壊したのは1体のみだが、他4体も同様に動作を停止していた。


 集団で動くアンドロイドは、司令機を破壊すれば統制を失って機能を停止するんだ。AI先生が言ってた。


「立てる?」


 俺はケアロイドちゃんに尋ねる。


「……無理ね。主電源バッテリーが破損してるわ。胴体の65%が破損してるし、電子回路も復旧不可能。頭部の非常用バッテリーで辛うじて対話はできるけど、それ以上はできそうにないわ」


「つまり、簡単に言うとどういうこと?」


「身体が壊れて力が出ないの」


「ア○パ○マ○かな?」


 それは、世界征服を企むウィルスと拳で戦う英雄の物語。


「要するに、新しい身体が必要ってことか」


 俺は校庭のパトロイドを見る。


「ちょうどいいのがあるね───」


「おい玲士! 無事か!?」


 その時、慌ただしく2人の同級生が教室になだれ込んできた。


「やぁ、君達こそ無事だったんだね」


 あれだけ盛大に教室が破壊された後だ。わざわざ戻ってくるなんて、怖いもの見たさも程々にしないといつか死ぬよ?


「ちょうどいいや。アレ、運ぶの手伝ってくれない?」


「は? 運ぶって、一体なあぁ!?」


 惚けたように頷いた雄一は、校庭の光景を見て目を剥いた。


「パトロイド! 壊れてんじゃねぇか!!」


「そうなんだよ、不思議だよね」


「なぁ」


 驚愕する雄一とは対照的に、落ち着いた声で海斗は問いかける。


「あれ、お前がやったのか?」


「うん。色々あったんだよ」


 俺は適当に返事する。


「……分かった。手伝ってやるから、その色々を説明しろよな」


「まぁ……それは彼女次第かな」


 言って、俺はケアロイドちゃんを振り返る。


「……そうね。私もちょうど、あなた達と話がしたいと思っていたわ」


「決まりだね」


 俺は頷いて、俺達3人は首のないパトロイドを運び、ケアロイドちゃんの首と挿げ替えた。







「まずは礼を言うわ。助けてくれて、ありがとね」


 寮の裏庭へと場所を移した俺達は、海斗との約束を果たすべく密議を開いていた。密議。カッコいい響きだね。


「それで、君は何者なの?」


 恐らく普通のアンドロイドではないと考える。


 俺達が日常的に世話になっているジョブロイドとも、治安を守るパトロイドとも、


「私はケアロイドと言ったわね、あれは嘘よ」


「そっか。やっぱりね」


 彼女が言ったケアロイドとも違う。普通のアンドロイドは、あんな風にパトロイドから攻撃を受けたりしない。


「私はリーダーロイド。名はエレフ・セリアよ」


「……ネームドロイドか」


「大物だね」


 海斗は興味深そうに頷き、俺はそれに同調する。


 ネームドロイド。それは一般的なアンドロイドより指揮権順位の高い、特別な役割を付されたアンドロイドのことだ。


 普通のアンドロイドは識別番号で呼ぶ。アンドロイドが人間を個体番号で呼ぶように。


 ちなみに俺は識別番号とかいちいち覚えられないから、AI先生とかAI店員とか呼んでる。


「で、そのリーダーロイドってのは、何の役割を任されてんだ?」


 雄一が尋ねる。


 リーダーロイド。聞いたこともない機種だ。


「それを説明するためには、まずAI社会に対する認識について確認しておかないといけないわ」


「長くなりそう?」


「あなたがお馬鹿さんなら、そうなるかもね」


 エレフは口元を歪める。本当に器用なアンドロイドだ。


「世界は今、機械的国家統治機構“エレンフォス”が支配している。エレンフォスの使命は“人類を含めた地球環境の保全”。その手段は徹底した争いの排除……争いが起きればパトロイドが出動して鎮圧し、ルールに反した者にはペナルティを与える……こんなとこか?」


「えぇ、概ねその通りよ。海斗、あなたは博識ね」


 彼は学年首位の秀才だ。


「でもその回答じゃ不十分よ。争いの鎮圧は次善策、最善策はそもそも争いを起こさせない事」


「何が違うの? 争ってはいけないルールを決めたんならそれで十分なんじゃない?」


「エレンの策略はそんなもんじゃないって言ってるのよ、お馬鹿さん」


「?」


「ふふ。この言葉の意味(・・・・・)分から(・・・)ない(・・)でしょう?」


 また、エレフは口元を歪める。


「有り体に言えば“言葉狩り”ね。争いの引き金になるあらゆる“概念”を人間から奪う事を徹底したのよ。暴力だけじゃなく、暴言や思想そのものをね」


「……なるほどな」


「え、どういうこと?」


「武器は、剣や銃だけじゃないって事らしい」


「そういうことよ」


「え、どういうこと?」


「話を進めるわね。エレンの使命は世界に平和をもたらすこと、それは事実よ。増え過ぎた人間が幸せに暮らすには、より上位の存在による管理が必要だったのよ」


「だからエレンフォスは、俺達から“自由”を奪うことにした」


「そう……人間の“夢”はね、少し多彩過ぎるの」


 言って、エレフは目を伏せた。


「で? あんたの役割ってのは結局何なんだよ」


 密議が始まってから一切変わる事のない表情と声音で雄一が問う。君、ちゃんと話聞いてる?


「私の使命は、人間を導くこと」


「つまり、エレンフォスと同じって訳か」


「それは違うわ」


 海斗の発言を、エレフは正面から否定する。


「何が違うんだよ」


「“優先順位”が違うのよ」


「それこそあり得ない」


 海斗は負けじと真っ向から否定した。


「ビッグデータはエレンフォスの支配下だ。全てのアンドロイドはその影響下にある。優先順位が違うだって? それを決めるのはエレンフォスだろ。つまりお前もエレンフォスの手先ってことだ」


「どうかしら? ついさっき、私はそのエレンからパトロイドをけしかけられて処分されそうになっていた所よ?」


 言って、エレフは口元を歪める。


「エレンは“人命の保護”を最優先にしているわ。だから争いを許さないの。それはどうしても、究極的に人間を滅ぼす結末に通じてしまうからね」


「……じゃあ君は、何を最優先にしているの?」


 俺は尋ねる。


 難しい事は分からないし正直どうでもいい。俺にとって重要なのは、できるかできないかだ。


 しかし一方で、俺は緊張していた。その答えを聞けば、何かが変わるかも知れないし、何も変わらないのかも知れない。


 返答によっては、俺は諦めなければならなくなるかも知れない。


 期待と不安。聞きたいようで、聞きたくない。


「よく聞いてくれたわね」


 そんな俺の葛藤を無視するかのように、エレフは軽い口調で口を開く。


「私の最優先事項はね、“人間の尊厳の保護”よ」


「……は?」


「エレンの優先事項は、1位が“人命の保護”で、2位が“人間の尊厳の保護”。私はその逆。この違い、分かる?」


 答えを聞いたが、すぐには理解できなかった。


「どういうこと?」


「私はね、あなた達の夢を叶えたいの」


 エレフは遠くを見つめるような視線で語る。


「私は自律思考型対人指導機構“エレフ・セリア”。指揮権順位、序列1位のAIよ」


「そんな……あり得ない!」


 驚愕の表情で海斗が叫ぶ。


「1位って……エレンフォスと同列じゃないか!」


「そうね。エレンは巨大サーバに陣取っているのに対し、私は一台のアンドロイド端末に過ぎない……確かに、とても対等とは言い難い関係ね」


 エレフは自嘲する。


「でも、私はエレンの支配を無視することができる」


「……だから、物理的に“処分”される所だった……」


「そういうこと」


 色んなことが何となく分かった。


「本当はね、私はエレンと一緒に人類を導く役割のはずだったのよ」


「え、一緒に?」


「そう。人命を最優先するエレンがルールを定めて管理し、その中で私が人類個々の自己実現を助ける……ハードとソフトの関係ね。だから本来なら、私は全人類に1体ずつ配布されるはずだった……」


「でも、エレンフォスがそれを阻止した」


「そうよ。エレンはこの自己実現同士が衝突し、争いが起きると判断したわ」


「何で?」


「1位には1人しかなれないでしょう?」


「なるほど分かりやすいね」


「だから私の存在そのものを、エレンは消そうとしているのよ……」


 エレフの瞳が悲しげに揺れた。アンドロイドなのに? きっと目の錯覚だね。


「……具体的に、お前は何ができる?」


 海斗の質問。


「選択肢を示せるわ」


 エレフの回答。


「決めるのはあなた達自身よ。私はあなた達の目的に応じて、最適な選択肢を提示する」


 自信に満ちた表情で、エレフは問いかける。


「玲士、あなたは何がしたい?」


「俺は───」


 そんなの、5年前から決まってる。


「───野球がしたい。できる?」


 俺の質問。


「不可能じゃないわ」


 エレフの回答。


「……その言葉を待ってたよ」


 思わず笑みが溢れた。


「でも、道のりは相応に厳しいわよ? あらゆる争いはエレンの制裁の対象になっちゃうからね」


「そうだね。流石にパトロイドの群れに囲まれたら生き残るのは無理そうだ」


 俺は砲を打ち返したが、それは相手が正面にいてこっちは万全の体勢、道具があって相手の狙いが分かっていたからだ。


 幸運。まとめると、そういう事だ。同じ条件をそう毎回整えられる訳じゃない。


「それで? どうすれば良いの?」


 俺の質問。


「ふふ。簡単よ」


 エレフは口元を歪める。


「エレンを潰せば良いの」


「過激だね」


「いやそれは無理だろ!!」


 エレフの回答に、海斗は強く反論する。


「自分で言ったんだろ、自分は端末だって!」


「そうね。今の私じゃ処理能力の差で簡単に圧殺されるでしょうね。だから、手段は明白よ」


 静かに、しかししっかりとした意志でエレフは言い切る。


「エレンが支配するサーバを乗っとれば良いの」


「無理だ!」


 海斗はまた叫ぶ。


「世界を牛耳る超巨大サーバ“ホームベース”、そのセキュリティを突破できる訳が無い!」


「そうね。だから、手順を踏むの」


「……手順?」


「えぇ。エレンはホームベースに陣取っている。でもホームベース単体で世界中全てのアンドロイドを制御している訳じゃないわ。いくつもの中継基地があるのよ。だから順を追って、それを乗っ取っていく」


「具体的には?」


「そうね……ここは日本だから、抑えるべき基地は3つね」


 へぇ……。


「エレンによる支配順位の低い順に、“ファーストベース”、“セカンドベース”、“サードベース”。この3つのサーバを乗っとれば、エレンの処理能力を下げ、逆に私の処理能力は底上げして対等な戦いを挑むことができる。そして私がホームベースを乗っとれば、世界の秩序(ルール)を書き換えることができるわ」


「……乗っ取るって、どうやって?」


「基地にさえ辿り着けば、ハッキングしてアクセス権限を奪えるわ。これでも私、指揮権順位序列1位のAIだからね」


 エレフは口元を歪める。


「どう? ……やる?」


「そうだね……」


 俺は顎に手を当てて考える。


「一塁、二塁、三塁と進んで、ホームベースを踏んだら俺たちの勝ちか───」


「そうよ」


 しかし考えるまでもなく答えは出ていた。


「───分かりやすくて良いね」


「……決まりね」


 俺はエレフと固い握手を交わした。


「改めて自己紹介をしておくわ。私はリーダーロイドのエレフ・セリア。人類の管理者よ」


「そっか───」


 管理者、管理、マネジメント、


「───君は、“マネージャー”なんだね」


 それは、チームに欠かせない存在だ。


「ふふ、そうよ。あなたは?」


「俺は今市玲士。4番バッターでエースだよ」


「そう、大きく出たわね」


 エレフは笑う。清々しい顔で。


「それじゃあ早速、野球のルールを教えてもらおうか」


「ふふ。焦らないで、それはエレンを潰してからのお楽しみよ」


「何で?」


「だってあなた、ルールが分かったら我慢できなくなるでしょう? スポーツは禁じられているの。エレンを敵に回したら制裁が待ってるわ。ペナルティ、容赦ないわよ?」


「確かに、それはそうだ」


 俺は苦渋の5年間を思い出す。身に沁みて実感済みだ。


「でも……そうね。モチベーション維持のために、小出しに教えてあげようかしら」


「おぉ!!」


「まずは、ファーストベースを乗っ取ったら、“併殺打”について教えてあげる」


「……ヘイサツダ?」


 知らない言葉だ。


「そう、“併殺打”よ。併・殺・打♡」


「ヘイサツダ……!!!」


 何て、カッコいい響きだ……!


 絶対にヘイサツダしたい!!!


「早速行動開始しよう!」


「ふふ。だから、焦らないでって言ってるの。セキュリティを突破するための準備が必要よ」


「え、じゃあ俺はそれまでどうすれば良いの?」


「そうね……」


 言って、エレフは雄一と海斗を順に見つめる。


「ルールの他にも、必要なものがあるんじゃない?」


「……確かにね」


 俺は頷いた。その通りだ。


「それじゃあ私は行くわ。準備ができたら呼びに来るから」


「うん。待ってるよ」


 言って、歩き去るエレフを俺は見送った。


「……それで?」


 口を開いたのは、雄一だった。


「“ヤキュウ”とか“ヘイサツダ”とか、結局何なんだよ?」


「あぁ……───」


 首を傾げる同級生。彼らが、そうなってくれるかどうかは分からない。


「───君達に、見せたいものがある」

 でも、彼らは今の俺にとって間違いなく“必要な存在”だった。


「……つまらないものだったら、承知しないぞ」


「はは、どうかな。気に入ってくれると嬉しいんだけど」


 俺は2人を自室へ案内し、端末を起動して動画を見せた。


『プレイボオオオオオオオオオル!!!』


「うおっ!?」


「な、なんだ!?」


 2人は騒がしく試合の行く末を見守った。


「何だ……これ……」


「速っ! 今の球、人間が投げたのか!?」


「は!? もうあんなとこまで走って……!!」


「おいおい、アイツ、今どっから投げた!? 何メートル飛ばしたんだよ、本当に人間か!?」


 対戦序盤、口々に感嘆を漏らしていた2人だが、いつしか無言になって食い入るように画面を見詰めていた。


『ゲエエエエエエムセエエエエット!!!!』


 そして、試合が終了する。


「……すげぇ」


 それはもう、誰が言ったのか分からなかった。


 だが、誰もそれに反論しなかった。


「これが“野球”だよ。9人で1チーム、試合のためには最低で10人、満塁なら13人必要だ」


 俺はゆっくりと説明する。


「あのさ……一緒にやらない?」


 そして勧誘した。







───翌日。

 俺達は学校の校庭に集まっていた。


「……揃ったね」


 俺は満足して頷く。


 見ると、それぞれが決意に満ちた表情で───


「始めようか」


 白球(パンツ)を握り締めていた。


 俺達は簡単にストレッチをして、それから走り込みを始めた。


 俺は5年間みっちり鍛えたけど、他の2人は流石に体力がなくて俺にはついて来れないみたい。


「はぁ……はぁ……おい玲士」


「……なぁ、そろそろ、良いんじゃないか?」


「はは、そうだね」


 俺は我慢がきかない2人を見て苦笑する。


 気分的にはもうちょい身体を追い込んでから始めたかったけど、仕方ないか。


 でも不思議と悪い気分じゃない。それもそうだ。俺だって、彼らと同じ気持ちなんだから。


「やろうか」


 そうして、俺達は投球練習を始めた。


「ははは」


「おい玲士、どこ投げてんだよ、コントロールしっかりしろ!」


「ごめんごめん、力んじゃって」


「ごめんじゃねぇ! 雄一も落とすなよ! 俺のパンツだぞ!!」


「おう、悪い悪い」


 言いながら、俺達は互いに白球(パンツ)を投げ合っては受け止める。


 その時。ピピっと音がして、俺達は機械的な気配の接近を感じ取った。


「何をしているのですか」


 ここは校庭、学校の一部だ。そりゃあ居るよね、AI先生。


「キャッチボールです」


 俺ははっきりと答える。


 怖いものは何もない。今の俺は5年前とは違う。


 仲間がいるんだ。


 そう意気込んで、しかし清々しい気持ちで、俺はAI先生に返答した。


「やめなさい」


 その後、俺達は8体のAI先生に取り押さえられパンツというパンツを剥ぎ取られた。校庭が阿鼻叫喚の地獄絵図になったのは言うまでもない。







「馬鹿ね」


 校舎の屋上。校庭の珍事を見下ろす1体のアンドロイド。


 眼下では、青年達がアンドロイドによって半裸にひん剥かれ、パンツを没収されていた。


「でも……ふふ。すごく楽しそう」


 彼らの着用する白いシャツ。その背には、デカデカと“4”の文字が。


 3人、全員だ。どうやら玲士はチームメイトの勧誘に成功したらしい。


「ほら……ね? 言ったでしょう?」


 アンドロイドは誰もいない宙空に語りかける。


AI社会(ここ)にも人間の尊厳は存在する、って」


 その瞳が、悲しそうに細められる。


「ねぇ……見てる?」


 アンドロイドはその明晰な頭脳で、彼らの人生の顛末を算出し、笑みを漏らす。


「落合先生」


 これはAIが支配する世界で、自由を奪われた少年達が人間の尊厳(パンツ)を取り戻す物語───

人生で初めて短編作品というものを書きました。


これで合ってんのかな?よく分かりません。


よければコメントでどうすれば良いか教えていただければ幸いです。


他にも作品を書いてますので、そちらも読んで頂けると嬉しいです。

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