04.え? 異世界?
マリナさんはきょとんとぼくを見つめた。
「ニホンゴってなあに? わたし達が喋っているのはペールリント語よ?」
な、なんだと……? こんなに横文字を使いこなしている一貫性のない言葉が日本語ではないと? じゃあなぜぼくはこの言葉を理解できるのだ。
「ちなみにここはペールリント王国よ」
………………
はっ! ぽかんと現実逃避している場合ではない! なんとここは日本ですらなかったのか。い、いや……薄々は気づいていたのだ。
そう考えながらぼくの類いまれなる推理力はさらなる結論を導き出そうとしている。
「ニホンゴ、とは。もしかしてあなたは、異世か」
待て待てー! みなまで言うな!
エイドリアンさんのにこにこしていた優しい目が少し開いてぼくを見つめている。年上のエイドリアンさんにそんな口など利けないので、ぼくは待って待ってのポーズで必死に首を振る。
そう、ここはぼくの推理力を働かせる時なのだ。
おや、読者諸君。もしかしてこのぼくが多大な勘違いで、突拍子もない結論を出すなんて期待している訳ではあるまいな? だが残念ながらぼくはそんな間抜けではない。
信じたくはない。この世界がぼくの住んでいた世界と違う世界だなんて。だが信じたくないという感情論で、探偵は真実から目を背けてはいけないのだ。
つまりここは! 壮大なファンタジーを描いた映画の舞台セッ……
「なるほど、コーイチは異世界人という訳か」
「ええ、話を総合するとそう言う事だと思います。時折、ニホンという異世界から人が迷い込んでくるという話をわたくしも聞きます」
………………ふっ、ぼくの推理通りだな。ファンタジー小説に疎いぼくでもそういうお決まりパターンくらいは耳にした事がある。
「へえー、異世界人って言うと何か特殊能力でも持ってんのかー?」
シーフのゼンジさんはにやにやしながら、からかう口調でぼくに問いかける。
「イエ、ボクハ一般人デス」
なぜか片言で返事してしまった。おっと推理力と洞察力が人並み以上という事は言っといた方がよかったか。だが異世界ってあれでしょ? 確かえーっと、魔法とかスキルとかあるんでしょ? そんな世界でぼくの推理力なんか役には立たないかもしれないな。
それにしても困った。異世界からなんてどうやって帰ればいいんだ?
ぼくが絶望に落ち込もうとしていると、エイドリアンさんが希望のある言葉をかけてくれた。
「この世界から元いた世界に帰るには、来た時と同じ方法で帰れるそうですよ」
なんと! エイドリアンさん、あなたがヒール(悪役)だなんてやっぱり信じられない! あなたはいい人だー!
ぼくが帰れる目途がついたのを見ると、ユーシャさんは「帰る方法がわかってよかったな」と、きらりと白い歯を輝かせて笑う。マリナさんも「よかったわね、コーイチ」と笑ってくれた。
「それで青蜥蜴Rの事だが、奴らは金品を強奪しているらしい」
ユーシャさん達は本来の話題に戻る。ぼくはそれには関係ないし、後は大人しくしておこう、と思ってたら……?
「あんたらなんやー、青蜥蜴Rの討伐依頼を受けた勇者さん達は」
なんか関西弁ぽいイントネーションの言葉がぼくの後ろから聞こえてきた。ホントに日本語じゃないんだよね?
ぼくの素朴な疑問など、ここでは何の意味も持たない。現れたのは光に青く透ける黒髪の、美人のお姉さんだった。
「青蜥蜴Rってめっちゃ強いらしいやんか? あたしなー、もう怖くて怖くて。なあなあ、お兄さん達、どこに張りこむ予定なん? あたし、そこには近づかんわー」
よく喋るお姉さんだ。こちらが答えようと答えまいとお構いなしな感じだ。
「あたし、ゴトー・カエラって言うんや。カエラちゃんって呼んでくれてええで。だからなあなあ、勇者さん~、あんたらどこに向かう気なんやー?」
うむ、日本人っぽい名前だな。だがもうそこに突っ込むのはやめておこう。
「青蜥蜴Rが前回現れたのは……」
「東や! この町の東側や!」
カエラちゃんさんは身を乗り出して口を出してくる。
「ならとりあえずそこに張りこむんでいいんじゃねー?」
「そうですね。青蜥蜴Rのアジトもわかりませんし」
ゼンジさんの言葉にエイドリアンさんも頷く。ユーシャさんとマリナさんも「そうだね」と同意していた。
「東やな! よし、あたしは絶対そこには近づかんわー!」
カエラちゃんさんは大声でそう言って走っていった。
さて、それからのぼくだが。もちろん青蜥蜴Rの討伐に参加などしない。ぼくはしがない探偵。戦闘能力などはないのだ。
なのでぼくは町の外れ、西側の森の中でせっせと穴を掘る。なんで穴を掘ってるかって? ちっちっち、忘れたのかい、読者諸君。ぼくがここに来たのは不良に絡まれている少年を助けようとして、マンホールに落ちたのが原因だ。そして目を覚ました時は森の中だった。
つまりだ。森の中でまた穴に落ちれば、元いた世界に戻れると、こういう寸法だ! 問題はどれくらいの深さの穴ならいいのかわからない事だな。目を覚ました時の穴はそう深くなかったが、マンホールに落ちた時は数十メートル落ちたような気がした。
でもそんなに落ちたら死ぬな。死なない程度に深い穴を掘らなければいけないだろう。
ぼくはせっせと穴を掘る。今日も明日も穴を掘る。非力なぼくにこの土木作業はきついが、腕が痛い、腰が痛いなどと嘆いている場合ではない。ぼくにはぼくの帰りを待ってくれている家族がいるのだ。
そろそろ穴の中から這い出すのがきつくなってきた。
「あー……疲れたー」
ぼくがふらふらと穴掘り作業から帰ると、ユーシャさん達が難しい顔でテーブル席を囲んでいた。ここ数日ずっとそうだ。
「青蜥蜴Rめ、おれ達の裏をかいて、今日はまた東側に現れるとは」
「一昨日は南側だったわ」
「昨日は北西だったな」
「なあなあー。明日はどこに張りこむん?」
この時間になると、カエラちゃんさんがユーシャさん達の計画を聞きに来るのも毎度の光景となりつつある。
ユーシャさん達は毎回肩透かしを食らっているのだ。顔が険しくなるのも仕方ない。
ところでぼくは薄々気になっていた事がある。まさかと思って今まで口には出さなかったが、ここまで来ると疑惑は確証に変わる。そう、カエラちゃんさん、あなたは……
作者は関西弁も知らないよ!