02.勇者と魔法使い
形として、ぼくを助けた事になった二人組の男女。今さらながら腰が抜けてしまったぼくを、彼らは手を取って立ち上がらせてくれた。
ふむ。よく見ると彼らは外人か? 男の人は金髪で青い目の美青年だし、女の人も栗色の髪と緑の目をしている。さっきのクマや狼もどきみたいのを英語で呼んでいたし、外人の猟師さん達なのか。
「えと、ありがとう、センキュー。助かりました」
残念だがぼくは英語が得意でない。通じるかどうかわからないままお礼を言うと、彼らは意外にも流ちょうな日本語で返してきた。
「気にしないで。わたし達、あのモンスター達の駆除を依頼されていたの」
うむ。やはり彼らは猟師のようだ。害獣をモンスターと呼ぶのも、外人だからなのだろう。日本で働いているから、日本語も上手なんだな。
「無事でよかったよ。おれは勇者、エリック・リッケンデルだ」
「ユーシャさんですね。ぼくは金田一耕一です」
ユーシャ・エリック・リッケンデルさん。立派な名前だ。白い歯がきらりと光る爽やかな笑顔は、彼がいい人だという事を物語っている。
「わたしはマリナ・エリデン。魔法使いよ」
マリナ・エリデン・マホーツカイさんだな。やはり前に立つとそう背の高くないぼくと同じくらいの可愛らしい人だ。年齢は二人ともニ十歳前後という所か。
「キンダはどうしてこんな所にいるの?」
んむ。外人さんなら、ぼくの名前の区切る所をわからなくてもしかたないな。
「耕一と呼んでください。それがぼくもわからないんです。気づいたらこの森の中に」
「コーイチか。コーイチは迷子なのか。この方向におれ達にモンスター討伐を依頼してきた村がある。とりあえずそこに行くか?」
村か。ぼくのいた所は村というほど、小さな町じゃないんだけどな。ぼくは思いもかけず遠くの方へ来ているのか? それはなぜ? どうやって?
ぼくはユーシャさんとマリナさんの後をついていきながら、思考の海に沈む。
もしやぼくはマンホールに落ちた後、誰かに攫われたのか? そしてその誰かはぼくをこの森に置き去りにした。何のためか。まだわからないが、さっきのクマや狼もどきも気になる。
明らかに通常の大きさのクマじゃなかったし、狼もどきもなんか虎柄の変な模様をしていた気がする。
はっ! わかったぞ! ここはとある地下組織の秘密の実験場なのだ! 動物実験を繰り返し、あんな異常個体を生み出し、世界を恐怖に陥れようとしているのだ!
そうなるとぼくを攫った理由もわかってくる。ぼくの明晰すぎる頭脳で組織の秘密が暴かれる事を恐れ、ぼくをこの実験場で始末しようとしたのだ!
不思議はもう一つある。クマと戦った時、マリナさんは手から炎を発生させていた。あれは何か……?
いや、そう難しく考える事はない。彼女はボール状の燃える容器に火を点けていたのだ。標的に当たるとボールが割れて中の可燃性の液体が標的に降りかかる。それに火が引火し、あのでかいクマの体全体を燃やしたのだ。
そんな特殊な武器を扱うユーシャさんとマリナさんはただの猟師ではない。悪の秘密組織と戦う正義の人だったのだ!
ふうー、これはぼくほどの頭脳を持つ者でなければ、辿り着けなかった答えだ。だが自分の能力を過信するなかれ。ちゃんと確証を得ないと。
「ユーシャさん達は組織の者と戦っているんですね?」
「組織……そうだな、おれ達の敵は組織だ。おれ達の目標は仲間を集め、モンスターを操る魔王を倒す事だ」
やはりそうだったのか。敵のボスの名はマオーと言うのだな。やはりあの異常な動物を生み出しているのもマオーという存在なのだ。
一時間以上歩いたところでようやく村に着いた。すると村人達がユーシャさんとマリナさんを取り囲んできた。ユーシャさんは高らかに声を上げる。
「この村を脅かしていたビッグベアとタイガーウルフはおれ達が退治した!」
すると心配そうだった村人達の顔がぱっと明るくなり、口々にユーシャさんとマリナさんを称える。
「ありがとう、勇者様! あなた方は村の英雄だ!」
ユーシャさんは人気者だなあ。ぼくは部外者なのでとりあえず後ろの方に下がり、村の様子を窺う。
やはりぼくの見知らぬ村だ。なんか建物は優れた日本建築っぽくなくて、質素な感じ。それにみんな服装も現代の日本人ぽくもなく、かと言って和装でもなく。一部の人はぼくの格好をじろじろと見てくる。田舎の人ってのはこんなものなのか?
ぼくはそっと何人かに声をかけ、ぼくのいた町を知らないかと尋ねたが、誰も知らないと言っていた。
ようやく村人の歓迎から解放されたユーシャさんとマリナさんは、ぼくに食事をしようと誘ってくれた。村唯一の食堂だという所に入る。食事も日本食ぽくないなあ。いや、まあ食べられる味ではあるんだが。
食べながらとにかくぼくは、ユーシャさん達に自分の希望を伝えてみる。
「ぼく、元いた町に帰りたいんです」
「残念だが、おれ達も君の言う町の名は知らないんだ」
ぼくの住んでいた町はそんな知名度の低い場所じゃないんだけどな。はっ! わかったぞ! ここは悪の秘密組織が管理する秘密の地域。ここに住む人達は情報を完全に遮断され、外の世界の事を知らないのだ。
その証拠に彼らは携帯電話もテレビすらも知らない。ちなみに携帯電話の電波が入らない事は既に確認済みだ。車もなく、馬車か牛車があるだけだそうな。
この日本国にここまで発展の遅れた地域があろうとは。うむ、日本も割と広いしな。そんな所があっても不思議ではないな。
とにかく救いは、ユーシャさんとマリナさんがどこまでもいい人だという事だ。この村の通貨|(円じゃない!)を持っていないぼくの食事代を奢ってくれ、宿代まで出してくれた。
「君のおかげでビッグベアを倒せたからさ」
と、朗らかに笑う。ぼくはただ突っ立っていただけなのに、いい人すぎる。でも本当にこれからどうするべきか。目下、手に入れるべきは地図な気がする。日本の形ぐらい頭に入っているしな。地図を見れば場所がわかるかもしれない。
宿のベッドに横になりながらそんな事を考えようとしていたぼくだったが、疲れていたのかあっという間に眠りに落ちた。
わたくし、異世界ファンタジーの鉄板ネタはよく知らず。ネタが半端でも許してくださいね!