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呪い屋さん

作者: 清水進ノ介

呪い屋さん


 男が一人、頭を抱えてうなだれていた。カーテンを閉め切った、真っ暗な自室の中、男は人生に絶望していた。男は友に騙され、全てを失ってしまったのだ。仕事・家族・名誉、今まで築き上げてきたもの、その全てを。そんな男の疲弊しきった心に目をつけて、人ならざる者が、ふわりと暗闇の中に現れた。にやりと笑う表情の仮面をかぶり、全身に真っ黒なローブを羽織っている。その得体のしれない存在は、深々と男にお辞儀をすると、紳士的な態度でこう言った。


「ごきげんよう。ワタクシ、呪い屋でございます」

「おれもとうとう終わりだな。妙な幻覚まで見えてきやがった」

「いいえ、幻などではございません。本日はあなた様に、プレゼントを差し上げに参りました」


 呪い屋はそう言うと、藁人形を男に手渡した。片手で持つのにちょうどいい大きさだ。呪い屋は「うふふ」と不気味に微笑むと、テレビのモニターをご覧くださいと男に言った。男が虚ろな目つきでモニターを見ると、そこに彼を騙した、かつての友の姿が映し出される。ハワイにでもいるのだろうか。彼はアロハシャツを着て、クルーザーの上で、楽し気にパーティーに興じていた。


「……おれは、警官だったんだ。市民の安全の為に、身を粉にして働いてきた」

「それがどうして、こんな薄暗い部屋に引きこもるはめに?」

「モニターに映っているそいつにはめられた。奴の罪をなすりつけられたんだ」

「それは酷い話です。さ、思う存分に復讐なさってください」


 呪い屋はどこから取り出したのか、金づちと五寸釘を男に渡し、それを藁人形に打つようにと進言した。まともな判断能力を失っていた男は、怪しむこともなく、言われた通りに藁人形に釘を打ち付けた。するとどういうことか、モニターに映っているかつての友が、突然胸を押さえ、苦しみ出したのだ。全身から汗を流し、狂ったように絶叫している。口から泡を吹き、四肢を痙攣させ、このまま死んでしまいそうに見えた。


「ご心配なさらず。この呪いは人を死に追いやるものではございません。なぜかって、死んだらそれ以上の苦しみを、与えられなくなってしまいます。ワタクシ、呪い屋でございますので。この世に苦しみと呪いをばら撒くことが、生きがいにございます。さ、どうぞどうぞ。この藁人形は人に渡すもよし、このままあなた様が使うのもよしにございます」

「……おれに、もっと人を呪えと言うのか」

「うふふ、どうぞごゆっくり、お呪いくださいませ」


 呪い屋はそう言うと、ふっと姿を消した。男はしばらく呆然とした後、手の中にある藁人形を見つめ、次第に笑い声を上げ始めた。「これがあれば、そうだ、これさえあれば」と男は笑い、藁人形を握りしめた。


 それから数年後、男は警官に復職していた。警察署の中の一室で、藁人形を持ち、モニターに映る映像を凝視している。画面の中に映るのは、凶悪な犯罪者。人質に銃を突きつけ、店内に立てこもっているのだ。男はモニターから目を離さずに「五、四、三……」とカウントダウンを始め、それがゼロになると同時、藁人形へと金づちを振り下ろした。

 モニターに映る凶悪犯は絶叫し、雷に打たれたように全身を硬直させ、銃を落とした。それを合図に、店の外に控えていた警官達が店内へと突入し、凶悪犯を取り押さえる。その様子を見届けた警部は「今回も犠牲者を出すことなく、犯人逮捕が完了した。君のおかげだな」と男に言った。


 呪い屋は満足気に、それを見ていた。人間とは面白いもので、そこに正義があると思えば、悪しき方法に手を染める。ただ恨みを持つだけの人間に、藁人形を渡したとして、本気でそれを使う者はどれほどいるだろうか。しかしそこに、人々を守る為、という正しい理由さえつけてやれば……。

 呪いはこうして人の世に広まっていく。やがてそれを、正しさではなく、悪意で扱う者が現れる。治療の為の薬物も、野生動物から身を守る為の銃も、世界の人々を繋げる為のインターネットも、今まで全てそうだったのだから。


「さ、さ、どうぞ皆様、お呪いくださいませ……」


おわり

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