第84話 ツイてない女、王妃になる?①
この惑星には帝国――星民好みの流線形が根付いている。
誇らしいことだけど、私としては連邦産のストイックに角張ったフォルムが恋しい。
無駄のない洗練されたあのシャープな形状。この惑星に来るまで、あんなダサいデザインは帝国貴族にふさわしくないと思っていた。だけどいまはちがう。連邦の――宙民の考えは正しかった。
目下のところ、私はスペースシックに罹っている。それも重篤な……。
ああ、実家に帰りたい。部屋で無駄にゴロゴロしたい。こんなことなら親の反対を押し切って家を出るんじゃなかった。
若気の至りとはいえ、とんでもないことをしてしまった。メイドのつくるプリンが恋しい。
無駄に流線形な脚の机に突っ伏していると、ドアがノックされた。
「なぁに?」
「エレナ・スチュアート宰相閣下。アデルソリス陛下とカリンドゥラ王女殿下がおいでになります」
先触れの兵士だ。私の雇用主である王族が来るらしい。雇われて半年、新米宰相に拒否権は無く、返す言葉は決まっている。
「わかったわ、身だしなみをととのえる時間はあるかしら?」
「問題ありません。まだ部屋を出ておられないので、こちらに到着するまで時間はあります」
惑星調査の政治方を担当していた私は、紆余曲折あって、この惑星に存在する国の一つ、ベルーガ王国に宰相として雇われている。肩書きだけの仕事だが、宰相といえば国家の重鎮だ。それなのに、なぜか王様の教師役。
なんで宰相に収まっているかというと、一四歳の子供の王様は私のことをいたく気に入ったからだ。理由はそれだけではない。私と同じ歳のカリンドゥラ王女殿下が、才能を高く買ってくれている。
現状、国のツートップに気に入られているわけなのだけれど、あまりいい気はしない。なぜかというと、この国は追い詰められているからだ。それも同盟国に裏切られ、首都まで押さえられている。ここから逆転を狙うのは至難の業で、いわゆる無理ゲーという状況だ。
まったくもってツイてない。
そもそもこの惑星の文化水準はサルに近い。正確にはサルじゃないけど、私からすればサル同然だ。料理は不味いし、不衛生。何をするにも無駄が多い。髪を束ねるバレッタやコーム、シュシュはもとよりゴムすら存在しない。手持ちが切れたらそれでおしまい。
文明の香りがしないにもほどがある。重犯罪者に課せられる流刑罪でも、もっとマシな惑星に収監されるでしょうね。
詰まるところ、私は豚箱以下の場所にいるわけである。
救いといえば、重力が基準とされる地球のそれであることと空気が綺麗なだけだ。
それにしても一国の宰相というのは荷が重い。ストレスが溜まる。憂さ晴らしに羽目を外そうにも、貴族連中の目があってはっちゃけられない。ホント、ツイてないわ。
数えるのも億劫な後悔をしている間にも、客人がやってくる。
いまの境遇を嘆いていたら、ドアが叩かれた。それも一回。ワンノックは王様の証。
慌てて髪を束ねた。
こちらの許可も無く入ってくる。ストレスの元凶となっている王族の姉弟だ。
「エレナッ!」
幼さの残る少年が私に抱きついてくる。私好みの金髪の少年だ。毛先が指一本分ほど紫色なのは気になるけど、目はぱっちりとしていて金色に輝いている。幼さの残る少年が王様なのだから、この国がいかに危うい状況にあるのかわかる。
その危うい状況をなんとか維持しているのが、カリンドゥラ王女殿下――アデルの異母姉にあたる王族だ。
一部の者からはカーラと呼ばれ、赤味を帯びた銀髪で毛先は指一本ほど紫色に染まっている。美しい柳眉に切れ長の瞳。紛うことなき美人なのだが、氷のように冷たい蒼い瞳は好きになれない。
それ以外にも好きになれない要素はある。
その最たるものが性格だ。私みたいに合理主義のくせに女の持ち味を生かし切れていない。
豊満なバストを胸の大きく開いたドレスで強調しているにもかかわらず、いつも不機嫌そうに眉をひそめて眼鏡をかけている。チャーミングな左目元の泣き黒子が台無しだ。
仕事のできるOL風なのだが、棘のある男言葉はエレガントじゃない。自分のことをオレと言うし、お洒落も皆無。だからいつも同じタイプのドレス――黒か紫もしくは赤の色違いしか着ない。ボディラインも最高なのに勿体ない。
私だったら……私だったら…………男に媚びないか。うん、やはり私とカーラは似たもの同士だ。彼女に苦手意識を持つのは同族嫌悪というやつなのだろう。
脳裏にカーラのほうが美人という単語が浮かんだが、即座に払いのけた。
そんなことよりも、胸に顔を埋めてくるアデルをどうにかしよう。
ここで問題が発生する。相手は一国の王様だ、邪険にはあつかえない。
どう対処しようか思案していると、カーラがアデルを引き剥がしてくれた。
「陛下、臣下に抱きついてはいけません」
「ですが姉上」
「姉上と仰ってはいけません。二人の時以外はカーラとお呼びください」
「……あね…………カーラ」
「なんでしょうか、アデル陛下」
「エレナを正妻に迎えたい。可能か?」
「…………オレの聞き違いか、いまエレナを正妻に迎えたいと聞こえたのですが……」
「うむ、余はたしかにそう言った」
「…………」
硬直するカーラ。
「…………クスッ、ンククッ」
突拍子もないことを言い出すので、思わず笑ってしまった。だって、私と陛下は歳が一〇も離れているのだから、こんな〝おばさん〟すぐに嫌われちゃうわ。
「宰相、陛下の御前です。不敬ですよ」
「ごめんなさいカーラ。あまりにもおかしくて、つい。陛下もごめんなさい」
「よい、許す」
「アデル陛下、あまりエレナを甘やかさないでいただきたい」
「……ところで、あね……カーラ、さっきの話だが、エレナを正妻に迎えることは可能か?」
「可能でございます」
「うむ、ではさっそく手配せい」
「それはなりません。陛下はまだ戴冠の儀を執り行っておりません。戴冠の儀は王都にある玉座の間で執り行うのがしきたり。エレナを正妻に迎えるのはそのあとでございます」
「むぅ、ならばただちに王都を奪還せよ!」
ああ、なんて可愛い国王様だろう。この期におよんで自身の置かれた立場を理解していない。本当に子供だ。でもそこが可愛い。
叶うことなら、私好みに育ててみたい。ん? もしかして閃いたかも。
「陛下、政治の勉強をしましょう」
「勉強? 余は勉強は嫌いだ」
「それは残念です。私は勉強が嫌いな殿方は嫌いです。ですので陛下の正妻にはなれません。まことに残念です」
ハンカチを噛んで泣くふりをしたら、途端にアデルは狼狽えだした。
「冗談だ。いまのは冗談。余は勉強が大好きだ。エレナよ、政治の勉強をしよう!」
「冗談だったのですね。よかった。陛下から勉強が大好きだという御言葉を聞いて、私も安心しました」
カーラは私の演技に気づいているので、笑いを堪えるのに必死だ。さっきまで私のことを怒っていたのに……。それにしても慌てふためく弟を目の前にして笑おうとするとは、なんとも薄情な姉である。
「ところで陛下、私を正妻にすることを誰かに話しましたか?」
「大臣に話した」
大臣か……。だとしたら派閥の旗頭の可能性があるわね。