第65話 厄介な魔法②
「なんの魔法なんだ」
「〈魔力消失〉。桁違いの魔力を持っていかれるけど、魔法を無効化できるわ。対象の魔法だけじゃなくて、結構な範囲のね。だからつかうときは注意して。本当は単一魔法を対象にした、魔力消費のすくない〈魔力解放〉や、完全無欠の〈対抗魔法〉があればいいんだけど、高いのよねぇ本が」
まさに、いま俺が求めている魔法だ。時間が惜しいだけに、対抗策まで用意してくれているのはありがたい。現状、急を要する事態なのを考えると、そこまで高くない買い物だ。
インチキ眼鏡の評価をちょい上げすることにした。
防御魔法に対抗する術は手に入れたので、本題に移る。
今後の方針についてだ。
「選択肢は二つだ。討伐か交渉。防衛に徹するという手もあるが、トンネルが開通したあとのことを考えると現実的じゃない。利用者が安全に往来できない。敵対するにせよ、友好関係を築くにせよ、まずはみんなの意見を聞きたい」
責任放棄するようで気は引けるものの、大事なことだ。独断で決定をくだすよりも、みんなの意見を交えて考えていきたい。
まっ先に挙手したのはスパイクだ。
「村が襲われたんだ。討伐一択だろう」
討伐に賛成したのはウーガンにアシェと意外に少なかった。てっきり、大部分が討伐に賛成するものだと思っていたので、驚いた。
今度は交渉派が手をあげる。
迷いなく手をあげたのは、アドンとソドム。これも意外だ。理由を尋ねると、魔山の鉱物資源を手に入れるチャンスだという。
ほかにも争いは良くないというフェルールの主張や、戦うことが面倒だというローランの意見があった。
ティーレは何も言わず、黙っている。
たまたま会議に参加していたルチャとクラシッドは、討伐と交渉と真っ二つに分かれている。まあ、護衛とその雇い主だ。身分もちがえば、考え方もちがう。意見は分かれるだろう。
決をとったのだが、討伐派が四名、交渉派が五名と交渉に傾いている。
いまだ意見を示さないティーレの決定で、今後の方針が固まるのだが、なぜかずっと黙っている。
「ティーレはどう考えているんだ?」
「聞かれるまでもありません。あなた様と同じ考えです」
結局、俺の意見で決まるのか。責任が重そうで嫌なんだけどなぁ。
俺なりに考える。
たしかに開発村は襲われた。だけど、双方ともに死者は出ていない。交渉するチャンスはまだある。
しかし、懸念は残る。なぜ襲ってきたのか? 奴らの縄張りに入ってきたからか? それとも、トンネル工事への苦情だろうか?
対話していないので理由はわからない。
「魔法をつかったとき、言葉を喋っていたな。ということは対話が可能だ。問題はどうやって交渉の場を設けるかだけど……」
「そんなこたぁ決まってらぁ。捕まえればいいんだよ」
「魔族って言ってもよぉ。愛情込めて二、三発ぶちのめせば気絶するぜ」
飲んだくれ兄弟が物騒なことを言う。そんなことをしたら、まともに交渉できないじゃないか。なんというか、斜め上を行く考えに胃がキリキリと痛みだした。
交渉の糸口を見つけられぬまま、時間だけが過ぎていく。
意見が出ないので、そろそろ会議を終わらせようとしたら、ルチャがぼそりと言った。
「正々堂々、正面から行くっていうのはどうだろうか?」
「正々堂々って、どうやって?」
「旗を掲げる。怪しまれるだろうが、相手からすれば敵意は感じられないだろう。こっそり襲ってくるわけじゃないんだしな」
「なるほど。隠れてコソコソするよりも、存在を主張するわけだな」
「そうだ。戦時中の特使がそうだろう。敵陣に入るには少数で敵意がないことを示さないと」
案外、この方法でいけるかもしれない。ルチャには悪いが、言い出しっぺなので同行してもらうことにした。
嫌がるかと思ったが、ルチャは乗り気だった。
「面白そうだな。いいぞ、魔族とやらに会いにいこう」
「若ッ、いけません。そのような危険なところへ出向くとは……」
「いや、危険だから見返りがある。何もせず、ただじっとしていては何も得られない」
「では自分も同行します」
「ルチャ、何人くらいで行けばいいんだ?」
「多すぎても、少なすぎてもいけない。まあ相手の規模がわかればいいが、今回のような場合だと……とりあえず五、六人で魔族とやらを拝みに行こう」
この場にいる全員が同行を求めたが、候補者たちを一周してティーレが名乗りをあげた。
「私も同行します」
「殿下、おやめください。御身に何かあっては一大事。国のことを第一にお考えください。このようなところで危険に身を晒してはいけません。何卒、ご理解のほどを……」
「騎士アシェ、このようなところとは心外ですね。このトンネル事業は北と東を結ぶ大事業。いわば我が国ベルーガの命脈がかかっています。王族である私が行かずに誰が行くのですか」
「しかし、私は殿下をお護りする責務があります」
「であれば、私と同行すればいいだけのこと。ちがいますか?」
「……ですが、それでは殿下を護る者が私一人だけになってしまいます」
「それはちがいますよ、アシェ。ラスティが護ってくれます」
なんだろう、ラスティが、という言葉の響きが気になる。ティーレだけでなく、アシェさんも護らないといけないような……。
「ねえ、あなた様」
「えっ、ああ、うん。必ず俺が護る。絶対にだ」
「聞きましたかアシェ。ラスティが私たちを護ってくれると言っているのですから、心配はありません」
とっさの返事だったが、ティーレだけに限定しなくてよかった。っていうか、なんでそこまで俺を持ち上げるんだろう、謎だ。
話し合いの結果、特使という形で俺とティーレ、アシェ、ルチャ、クラシッドの五名が魔族の住む魔山へ向かうことになった。