第537話 大雪山の魔女アミカ
「イーーーヒッヒッヒッヒッ! ちょこまかと逃げて、一体どこへ逃げるつもりだい!」
アミカの攻撃を避けつつ、岩や石柱の陰を移動する。
正面切って一対一の戦いに持ち込みたいところだが、アミカは不思議な技をつかう。魔法だが、いままでに無いパターンらしくAIでも予測不可能。おまけに姿が見えない。
不細工な顔以上に、不快な攻撃が飛んでくる。知覚できないだけでも厄介なのに、破壊力もある。最悪の攻撃だ。
身を隠している石柱や岩が、次々と破壊されていく。
【おい、フェムト、なんだあの攻撃は!】
――魔法であることは間違いないのですが、妨害があって解析できません――
【妨害?】
――メフィの言っていた、害周波だと思われます――
そういえば、そんなこと言ってたな。あれは、モルちゃんや俺のような魔術師対策だけじゃなかったんだ。
攻撃の正体が掴めない。
おまけに不可視の攻撃。術者から発せられる攻撃タイプではなく、突拍子もなく、予想外の場所にあらわれ飛んでくる。アミカの姿を捉えても、あらぬ方向から魔法が飛んでくる。
まったく不快な魔女だ!
バルコフのように攻撃予測できれば話は別なのだが……、
圧倒的不利な状況。とれる手段は自ずと限られてくる。逃げ一択だ。
とはいえ、限界が近づきつつある。身を隠せる遮蔽物もかなり減った。
そろそろ攻撃に踏み切らないと後がなくなる。
とりあえずのレーザーガン。こいつにかけよう!
自動照準で、陰から撃つ。
赤い光線がカーブを描いて、アミカへ向かった。
それなのに不細工魔女が眼前にあらわれる! 光線が飛んでいった方向と真逆だ!
「嘘だろう!」
宇宙の科学兵器すら欺くとは、この惑星の住人は狡い!
慌てて、その場から飛び退いて岩陰に隠れた。
【攻撃だけでも厄介なのに、なんだあいつ!】
さすがの相棒もお手上げらしく、
――魔法でしょうね。おそらく瞬間移動したのでしょう。自動追尾にも限界がありますし、減衰率を考えると……ラスティには相性の悪い相手ですね。仮に直撃させても〈魔法障壁〉で無効化されるかもしれません。高出力グレネードでも倒せないのですから、撃破は無理ですね――
【そんなこと言うなよ。おまえは最高のAIなんだろう?】
――できないものは、できません。潔く諦めましょう――
相棒は冷淡に言うが、俺にとって諦め=死である。諦められない。
不可視の攻撃が続いた。
たくさんあった岩や石柱は破壊し尽くされ、身を隠す場所はほとんど残っていない。おまけにレーザーガンの残弾はあと三発。高周波コンバットナイフが届くとも思えないし、害周波で威力のガタ落ちした魔法では倒せそうにない。
打つ手無しだ。
せめて目くらましにと、砂利を掬って投げつけた。
なぜかアミカはローブの裾を翻し、砂利から身を守った。
俺はと言うと、飛んでくる魔法の直撃は避けられたものの、右腕の肉をごっそり持って行かれた。
「グゥッ! 痛覚遮断だ」
思考で命令する余裕もなくなり、口頭でAIに命じる。
――了解しました。……それと朗報です――
【なんだ?】
――アミカの攻撃の正体が判明しました――
【確度の高い情報なんだろうな?】
――ほぼ間違いありません。アミカの攻撃は〈次元跳躍〉です――
【次元跳躍?!】
――先ほど、ラスティが撒いた砂利で判明しました。攻撃により消失した砂利は、ラスティの手前だけ――
【そうだな。アミカにかかったんだっけ】
――以前、ローランがつかった魔法があるでしょう。〈火弾の雨〉です――
【それがどうした】
――それと同じ原理です。〈火弾の雨〉は対象の上空から攻撃します――
【それがどうした?】
――魔力の反応も上空です――
【で、だから?】
――……魔法の反応も上空です。アミカはそれを敵の眼前で行っているのです――
【だとしても、無理がないか? 俺は物陰に隠れていたんだぞ。攻撃する素振りを見せたあとに飛んできている】
――錯覚を利用しているのでしょう――
【錯覚?】
――攻撃魔法だけレスポンスが遅いのです。ですから、攻撃のモーションから遅れて魔法が発動するのです。それを脳が錯覚して、知覚不能な攻撃と判断したのでしょう――
【理屈はわかった。でもなんて面倒なことを?】
――おそらく、同時に複数の魔法を使用しているのでしょう――
【そんな器用なことをしていたのか!】
――少なくとも〈熱源探知〉に関する魔法をつかっているようです。あれなら隠れていても攻撃可能ですから。大雪山なら、微量の熱も明確に検知できますからね。酷寒の地ならではの戦い方です――
【なるほど。で、レーザーを回避できた理由は?】
――回避しているのではありません。連続で転移しているのです。飛んでいるかのように見せかけるために。だから即座に回避したのでしょう。危機感を覚えたら、座標を変更すればいいだけなので――
【でも、なんで砂利を避けられなかったんだ?】
――推測ですが、老眼でしょう。ちいさな石を視認できなかったのでは――
さすがは頼れる相棒だ。最後の部分は微妙だったが、厄介な謎を解いてくれた。
仕掛けさえわかれば、対策も練れる。今度はこっちが攻める番だ!




