第45話 工房の愉快な仲間たち③
職人たちを迎えた翌日。
工房のみんなと商品開発に勤しんでいたら、ロイさんがやってきた。
「ラスティさん、ジョドーから聞きましたよ。新商品のソロバンのこと」
「すみません。商業ギルドのギルマスから契約を詰め寄られたもので、つい」
「ギルドが相手ではさすがに断りきれませんね。それにしても素晴らしい発明ですね。私も試作品をつかったのですが、アレは実にいい道具だ。こんなことを頼むのもなんですが、いくつか融通してもらえないでしょうか」
商業ギルドを飛び越えて、こっちに仕入れに来るとは……。
「そういえば、俺が売る分には特許契約の違反にならないんでしたね。いいですよ、出来立てのソロバンがいくつかありますから」
「ありがとうございます」
「あっ、ロイさん、相談したいことがあるんですが……時間はよろしいでしょうか」
「大丈夫です。それで相談とは?」
「いくつかまとまった建物を押さえたいのですが、どれくらいの金額が必要なんでしょうか?」
「店を出すのですか?」
「いえ、広い工房がほしくて。あと試験的に食べ物を販売しようかと」
「でしたら隣か裏の建物がよろしいですね。この工房とくっつければかなりの広さになります。金額は……そうですね隣の建物で大金貨五枚。裏手が大金貨四枚といったところでしょうか」
思っていたよりも高い。必要な支出と割り切るにしては手痛い出費だ。フライドポテトの特許料大金貨二枚で賄いたいところだが、難しそうだ。
結婚適性試験達成まで、あと大金貨二八枚だけど……うーん、悩むな。
「安い建物はないんですか、工房がメインなんで多少は大通りから離れていても問題はないです」
「でしたら貧民街ですかね。あそこなら建物四軒で大金貨一枚です。ですが治安が悪いですよ」
「問題ありません。ちなみに音とか大丈夫ですか?」
「音、ですか? 夜中まで作業をするおつもりで?」
「いえ、作業は昼間だけですけど、近所迷惑にならないかと思いまして」
「貴族の住んでいる区画なら苦情は来るでしょうが、それ以外の区画であればさほど苦情は来ないと思います」
「では貧民街で四軒をお願いします。それと家をくっつける費用は……」
「それくらいは私が出しますよ」
「ありがとうございます」
「おまえたち、ラスティさんの護衛は頼んだよ」
「「へい」」
「「はい」」
「は~い」
職人たちが返事をする。
「えっ、ローランたちって護衛だったんですか?」
「そうですよ。ラスティさんに何かあったら大事ですからね。王女殿下に申し開きが立ちません」
「ただの職人じゃなかったんだ」
「ええ、アドンとソドム元Bランク冒険者で重戦士でした。フェルールもDランクで大呪界の案内をやっています。アシェ様はツェツィーリア様の家臣で騎士団長を務めておられます。いまはツェツィーリア様のご命令で、ラスティさんの護衛を担当しています。ローランも見かけはアレですが一応、冒険者でCランクの実力があります」
「ちょっと、なんでアタシだけアレ扱いなの! 納得できないわ」
「ネネリに言いつけますよ」
「アレで結構です」
多額の借金を抱えているのだろう、ロイさんの一言でローランは黙った。しかし、アシェさんが騎士団長とは……。
「……知らなかった」
「私も知りませんでした。今朝、城からの遣いが来てわかったんですよ。鎧を着ていないのでわかりませんでしたが、どうりで見たことがある顔だと」
「二人揃って、まんまと騙されたわけですね」
「ええ」
ロイさんに移り住む物件のことを任せて、俺は自分の作業をすることにした。
大呪界で採取した液体生物の解析だ。
部屋にこもって、持ち帰った死骸を精密スキャンする。驚いたことに、液体生物の被膜は樹脂でできていた。
【フェムト、これは加工可能か?】
――可能です。不純物も検出されませんでした。分子結合からして、合成樹脂に近い物質だと推測されます――
そういえば、移動するときぴょんぴょん跳ねてたな。でも、どうやってゴムみたいに伸びたり縮んだりしてたんだろう? そっちの解析はおいおいやっていくとして、まずは加工してみよう。
遠火の〈発火〉で熱して、引っぱってみる。火から離して冷えると、引っぱったままの形で硬くなった。力を入れると一応、曲がる。曲げた手を離すと、すぐに元の形状に戻った。
うん、ゴムだ。熱を加えても透明なままだし、目立った劣化もない。これはつかえる!
ゴムは絶縁、防水、遮水、振動吸収と用途の幅は広い。非常に有用な素材だ。ゴムに関しては色々つかい道があるので、特許はとらないことにした。
この液体生物が乱獲されて絶滅でもしたら、樹脂が手に入らなくなる。それだと困るんだよな。繁殖方法がわかるまで黙っておこう。
今日も商品開発で一日が潰れた。