第44話 工房の愉快な仲間たち②
職人との顔合わせがすむと、「旦那様に報告しなければいけないので、失礼します」とジョドーさんは帰っていった。
残った職人と今後の打ち合わせをする。
打ち合わせといっても、造ってほしい物の図面を渡して説明するだけだ。
俺が器用なら自分で造れるのだが、あいにくとそこまで器用ではない。料理ならばレシピ通りにつくればいいのだが、精密さを求められる工業用品は専門家に任せることにしている。
まあ、料理のほうも作り方を教えて任せるのだが……。
「アドンとソドムには、まずこちらのローラーを。これは薄い物をつくるための道具です。簡単に説明すると二本の金属の筒で無理やり薄く伸ばす機械です。狂いは許されないので職人の腕が問われます。それとは別に大きな銅製の釜もお願いします。フェルールは図面を渡すんで、さっきジョドーさんと話していたソロバンを大量に造ってもらいたい。アシェさんは俺と一緒に料理してもらう。そのあと、試しにつくってもらってコツを覚えてほしい。ローランは……出回っている商品の把握かな。俺の考えとダブっていないか確認してくれればいい。以上、質問は?」
最初に勢いよく手を挙げたのは、アドンとソドムだ。
「何かわからないことでもあったか?」
「いんや、説明も図面もわかりやすいんだけどよ、どうやってまん丸な形に仕上げるんだ」
「型はどうするんだ? こんなまん丸な型、俺ら持ってないぞ。兄ちゃん……じゃなくて工房長、どうやってこんな綺麗な丸を描いたんだ?」
「ああ、それか」
用意していた薄い木片に、お手製のコンパスで円を描く。これでアドンとソドムの言う、型をつくる型紙代わりになるだろう。
はい、と手渡すも二人は口を開いたまま呆然としている。
「どうした、これだけじゃ足りないか?」
もう一枚描こうとしたら、アドンが俺の手を掴んできた。
「その道具くれっ!」
「金属にも描けるのか?」
「金属用のコンパスならね」
意外なことに、コンパスは発明されていないらしい。いままでどうやって円を描いていたのかと問うとフリーハンドだと答えた。未発展にもほどがある。しかし、せっかく発見したアイディア商品も、工業関連くらいしか需要はないだろう。利益はあまり出なさそうだな。
とりあえず、アドンとソドムにコンパスを譲った。暇な時間を利用して端材でつくった物だ、タダ同然の道具なのでくれてやっても惜しくない。必要になればまたつくればいいだけのこと。
「あのぉ、僕も質問があります。この機械はどうやってつかうんですか?」
「ああ、それね」
細かい木材カット用に発注した固定式の回転ノコギリだ。動力は足踏み式、宇宙歴以前の古代文明『足踏みミシン』を参考にした。『足踏みミシン』は布の縫製につかう機械だが、その動力を丸ノコの回転に利用したのだ。手と足、まったく別の動きをするので慣れるまで苦労しそうだ。
俺は無理だったので、フェムトに単調な脚の動きの制御を頼んで実演してみせた。それにしても古代の惑星人は器用だなと思う。手と足がまったくちがう動きなのに、細かい縫製の作業にこれをつかっていたのだから……。
余談ではあるが、この開発にロイさんはそれほど興味を示さなかった。追加のアタッチメントとして、ボール盤や卓上旋盤、グラインダーを開発した。ミシンと抱き合わせで工業ギルドに持ち込んだところ、「産業界の大発明だ!」と喜ばれ、大金貨五枚で特許契約を結ぶことになった。売り上げ利益から三割の配当も確定している。
結婚適性試験合格まで、残り大金貨三〇枚。
順調に資金が貯まっていく。この調子でいけば、なんとかなりそうだ。
工房運営の出足は遅れた感はあるが、それほど問題にはならないだろう。
まずはこの惑星の住民が知らないであろう、俺の造った機械の説明をしないとな。
「足踏み式の工作機だ。慣れるまで大変だけど、つかいこなすと楽だよ」
「難しそうですね……頑張って覚えます」
純真な少年は前向きだ。意欲的に質問してくる姿は好ましい。今度から新しい工作機を造ったらフェルールにつかわせてみよう、木工とは別の才能が開花するかもしれな。
最後の質問者はローランだ。
インチキ臭さに、狂犬じみた殺気をプラスさせている。
「何かな?」
「アタシだけ除け者にされてない? 地味な作業ばっかりじゃん」
面倒臭い眼鏡娘だ。こういうタイプは褒めるに限る。
「そうだね、ローランからすれば地味かもしれないけど。魔道具の知識と経験がない人からすれば難しい作業なんだよ。考えてみなよ。市場に出回っている魔道具を把握している人って、どれだけいるんだい。仮に知っていたとしても本業のローランほど詳しくない」
「そうね。出回っている魔道具をすべて把握している人って商人かアタシたち錬金術師くらいね。そのうえで詳しく理解している人って、ほんの一握りよね」
「だろう。これは君にしかできない仕事だ。優秀な錬金術師にしかできない仕事なんだよ。でも、ローランからしたら単純な作業なんだろうな。これだから優秀な人の扱いは困るよ。自分が優秀だってことを自覚していないんだから」
わざとらしすぎたかなと思ったが、ローランはすんなり引っかかってくれた。
「そうね。私にしかできない仕事だわ。地味な仕事だけどやってあげる」
してやったりとほくそ笑む俺に、アシェさんが冷ややかな視線を投げかけてきた。一瞬、刺されたような気がした。心臓に悪い女性だ。
アシェさんは苦手だ。なんというか真面目すぎる。冗談を本気で受け取るタイプだ。人間性は嫌いではないが、精神的疲労が溜まりそうな相手だ。融通の利かない鬼教官を思い出す。
「あの、さっそくですが、試作品をつくるので見ていてもらえませんか。試食してもらって、売れるようであれば販売したいので」
「はい」
愛想のない表情でアシェさんは頷く。初対面なのにクスリとも笑わない。それどころか、俺が悪者みたいに睨んでくる。本当に苦手だ。
作り置きのフライドポテトを揚げて、みんなで実食。
「美味いな、エールがほしくなる味だ」
「たしかに美味い。俺は乳酒だな」
「僕、こんなおやつ初めてです。いくらでも食べられます」
「何コレ、ここで働いたら毎日こんな美味しいの食べられるの! アタシ当たり職場引いたかもッ!」
ローランたちは非常に満足している。これは売れるな。
本職のアシェさんは、どう評価するんだろう?
神経質そうな女性料理人を注目する。
眉間の皺が一本増えていた。なんでだ! もしかしてアシェさんは体重を気にするタイプなのか? いや、この惑星には体重計はなかったはず……あっても肉屋の天秤計りくらいだ。そうか腹周りか! 誤算だ。
ダメ出しを食らうかと思ったが、ちがった。
アシェさんは黙々とフライドポテトを食べている。
「あのう、味のほうはいかがでしょうか」
「エクセレント! 非の打ち所がありません。一見すると揚げた芋に見えますが、チーズを混ぜていますね。それも一種類でなく、複数の……おそらく四種類。そしてブレンドしたハーブも、こちらは三種類でしょうか、比率を変えていますね。チーズの風味を損なわないようにあえて種類を少なくしているのでしょう。最高です」
「褒めて頂き、ありがとうございます」
「惜しい点がひとつ。酸味が欲しいですね。それさえあれば完全無欠の商品になるでしょう。しかし柑橘類の果汁をかけてしまっては、この食感が損なわれてしまいます。難題です」
プロの料理人だけあって鋭い。レシピを教える前にすべて見抜かれてしまった。
そうなのだ、このフライドポテトには酸味が欠けている。
宇宙でメジャーのファストフード店で提供しているフライドポテトには、粉末状の酸っぱい調味料がまぶされている。工房にある機材ではそこまで再現できない。
教えてもいないのにそこまで見抜くとは、アシェさんは只者ではない。
「売れるでしょうか?」
「間違いなく売れます。私なら毎日買います」
ロイさんに特許契約を持ちかけると、大金貨二枚で成約となった。なんでも酒がほしくなる味で、原材料費も安いから酒場の主力商品になるとのこと。
結局、その日は職人たちとの顔合わせと今後の方針で丸一日費やした。