第39話 冒険者になる②
「あのう、こちらの二件を受けたいんですが。依頼達成の目安とかあるんでしょうか?」
「いえ、どちらも制限は設けていません。ですが、多ければ多いほど報酬金額が上がります」
「ちなみにですがこのナナサク草の見本とかありませんか?」
「はい、こちらがナナサク草です」
見本を見たがる冒険者が多いのか、受付嬢は即座に見本を出してくれた。
【フェムト、これと同じ草を森に入ったらサーチしてくれ、あと紙の原材料も】
――了解しました。ではサンプルデータを採取するためスキャンしてください――
光学式だとバレそうなので、直に触れて電磁スキャンを試みる。
――解析情報をデータ化しました。これでいつでもサーチすることができます――
これでナナサク草の採取は捗るはず。今度はゴブリンについて尋ねる。
「えっ、ゴブリンを知らないんですか!」
受付嬢はかなり驚いている。どうやらゴブリンはポピュラーな魔物らしい。マズったか?
「たまたま遭遇してこなかっただけで……」
「そうですか。ゴブリンの少ない土地に住んでいたんですね」
「はい、そういう国からやってきました」
嘘をつくようで悪い気はしたが、事実だ。知らないものは知らない。頼み込んでゴブリンについて説明してもらう。
「ゴブリンは子供のような背丈で肌が緑色をしています。人を見ると襲ってくるので注意してください。また知能もあるようで、特殊な個体は魔法をつかうことがあります」
「魔法をつかうんですか!」
「ええ、つかいます。そういった特殊個体はゴブリンメイジやゴブリンシャーマンと呼ばれています。それ以外にも上位種にゴブリンチャンピオンやゴブリンナイトなどが存在します。見かけても戦わずに逃げてください」
「逃げるって……なんでですか。ゴブリンは初心者でも討伐できる魔物でしょう?」
「強すぎるからです。ただのゴブリンであれば問題ありませんが、上位種になると格段に難易度があがります。上位種のゴブリンに遭遇したら、たとえ一匹でも逃げてください。騎士団に討伐を要請します」
「…………」
騎士団の必要なレベルがいまいちピンとこないが、どうやらかなりの強敵らしい。見かけたら……って、見たことないからわからないんだけどな。
「そういったケースは稀なので心配しないでください」
「はぁ、説明ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ最後まで清聴ありがとうございます」
丁寧な説明が終わると、受付嬢は冒険者の手引き書をくれた。手引き書といっても手の平サイズの羊皮紙だが。
「初心者からよくある質問をまとめています。魔物の討伐証明に必要な部位や採取した薬草の保管方法など、役に立つ知識ですので冒険に出る前に一度お読み下さい」
安全第一で、丁寧な説明。冒険者ギルドのお偉いさんはデキる人らしい。
「ありがとうございます」
頭を下げて冒険者ギルトを出る。
すぐ側には馬車を待たせてくれているジョドーさんがいた。
「冒険ギルドの登録試験はいかがでしたか?」
「Dランクでした」
「素晴らしい。それでこのあとはどうなされますか?」
「城壁の外に出て、森に入ろうと思っています」
「パーティーメンバーの目処はついていますか?」
「パーティー……メンバー?」
「ええ、一緒に森へ行く仲間ですよ」
ソロじゃ駄目なのか? そういえばツェリが言ってたな。ガンダラクシャ周辺の森は大呪界と呼ばれる場所で、魔物が多くて聖王国も容易に手を出せないって。
すっかり忘れてたなぁ。
まあいい、ここは適当に誤魔化そう。
「そこまで深くは入りません。せいぜい城壁沿いを歩くくらいですよ」
「本当ですか?」
「本当ですって、俺だって命は惜しいですよ。無理したからっていいこともないし。それに大事な勝負が控えているのに、もしものことがあったら目も当てられない」
「そうでございますね。くれぐれも無理だけはしないように、お願いします。城門は夕暮れに閉まります、夕暮れキッチリとは限りませんのではやめに街へ戻ってきてください」
「はい、肝に銘じておきます」
冒険者ギルドにも登録した。ギルドの依頼をこなすという名目で、急遽、大呪界の森に入ることになった。さあ冒険の始まりだ。ガンガン調査しよう!
ジョドーさんと別れて、ここからは一人旅だ。
城門を目指して歩いている途中、美味そうな匂いに釣られて食堂に入る。
つい店に入ってしまったがいいだろう。昼食もまだだし、ここですませよう。
空いている席に座って注文する。もちろん、美味そうな匂いの料理だ。
注文して出てきたのはビーフシチューに似た料理。ゴロゴロとした野菜に大ぶりの肉、スジ肉も入っている。スプーンで突くとスジ肉がプルプル震える。あの硬いスジ肉がここまでプルプルに仕上がっているとは! 時間をかけて煮込んでいる証拠だ。味は?
まずは食欲そそる大ぶりに切られた肉を一口。美味い! ちょっと噛むだけで肉の繊維がホロホロと解けていく。お次はスジ肉、こっちはとろけるような食感だ。
美味いのは肉だけではない。脇役だと侮っていた野菜も主役級の存在だ。味が染み渡っていて、噛むたびに野菜の素朴な甘さが口のなかに広がる。野菜とスープが混ざり合い、さらなるうま味が誕生する。スープと野菜のマリアージュ。幸せの味だ。
一緒に出てきたパンを浸して食べる。間違いなく美味い。
ちょっとした幸せを噛みしめていたら、店の奥に陣取っている客の会話が聞こえてきた。
「あー、畜生。魔鶏の肉も持ち帰りたかったなぁ」
「すんだことをいつまでも言うなよ」
「でもよぉ、ロバを連れてきゃ全部持ち帰れただろう。勿体ないことしたなぁ。こんなことならケチらずにロバを買っとけばよかったぜ」
「そうは言うがよぉ、おまえギャンブルばっかりしてロバとか買う金ないだろう」
「……うっ」
「知ってんだぜ、カミさんに内緒で借金してること」
「それ絶対に言うなよ。バレたら殺されちまう」
「だったらギャンブル卒業しろよ。おまえ向いてないんだって、勝負事は」
「次こそ絶対来るんだ」
「賭博場に通っている連中は、みんなそう言うんだよ。悪いことは言わねぇ、やめとけ」
「そんなに言うんなら見せてやるよ。次は絶対に当ててやるぜ!」
「…………」
賭博場の近くにある食堂でよく見る風景だ。
男はツイていなかったようだが、俺はツイていた。いい情報を仕入れられた。
「ロバか……買ってもいいけど、どうせなら馬にしよう。たしかロイさんが手配してくれた店舗の裏に馬小屋があったはず。あそこに繋いでおけばいい」
昼食をすませて、女将に馬を売っている店を教えてもらうことにした。
アドバイス料代わりに、吊してある干し肉を買う。
「馬かい。そうさね、城門の近くはやめときな足下を見られるよ。買うんなら中央にしな。警備隊の詰め所の裏にちいさい商店があるから、馬を買うならそこにおし」
「ありがとうございます。それとあの料理、いつも出しているんですか?」
「牛肉の煮込みかい?」
「それです。おいしかったのでまた来ようかと」
「あの煮込みはね新商品なんだ。ホランド商会の煮豚を真似てつくったものさ。魚醤は高いからつかってないけど、その分、香草やハーブをたっぷりつかっているからね。おいしかっただろう?」
意外だ。俺のレシピがこんなところで進化を遂げているとは……。
「すごくおいしかったです」
「嬉しいねぇ。人気があるんで定番料理になるだろうから、また来ておくれよ」
「定番ですか、いいですね。ちょくちょく寄せてもらいます」
空腹を満たして、良い気分で店を出た。
遠回りになるが、女将に教えてもらった馬を売っている店へ足を運ぶ。
並の馬が大銀貨二枚、調教済みの軍馬が大銀貨四枚。迷ったが、調教済みのほうが扱いやすいと教えてもらったので軍馬を買った。鞍も一緒に買おうと思ったら、鞍込みの値段だった。
馬の名はデルビッシュというらしい。馴染みのない名前だが強そうだ。
「これからは俺が相棒だ。頼むぞデルビッシュ」
俺の言葉がわかるのか、デルビッシュは低く嘶いた。撫でてやると嬉しそうに目を細める。うん、相性はよさそうだ。
これで大量に素材を運べる。
準備もととのったことだし、大呪界へ行こう。