第26話 ガンダラクシャ①
ダイジェスト&今回からの登場人物
~~~~~~ ダイジェスト ~~~~~~
一人、惑星に降り立った調査員ラスティは、味方の救援を待ちながら惑星調査に励む。
この惑星の居住権を得たいラスティは、それに見合う成果を出そうと奮闘する。言語データを充実させるべく、発見した砦にいる惑星住民に近づく。
古代中世然とした惑星の住民。言語データをサンプリングしていると、砦を武装した一団が襲撃してきた。
非武装の人々に嬉々として刃を向ける一団。ラスティは砦の人たちに加勢することを決断する。
戦いは夜のうちに決し、ラスティは唯一の生き残った女性ティーレと出会う。
毒に蝕まれていた彼女を救うべく、ナノマシンを譲渡する。宇宙の法を遵守するラスティはティーレと婚姻関係を結ぶことになった。その代償として帝国貴族を探す羽目になる。
惑星外の法なのでティーレには隠していたが、AIの手違いから婚姻関係が発覚。ティーレの了承のもと夫婦になる。
亡くなったノルテの言葉に従って、ティーレをガンダラクシャに送り届けることになる。
旅の途中、ラスティはこの惑星に魔法が存在することを知る。
魔狼の襲撃、盗賊貴族ガーキの非道、商人ロイとの出会い。ガーキに腕を切り落とされたティーレを助けながら、ガンダラクシャにたどり着く。
~~~~~~ 今回からの登場人物 ~~~~~~
ツェリ――女性元帥であり、ガンダラクシャを治める公爵。
癖のある灰髪と頬に走る傷が印象的な男装の麗人。
ラスティに難題を突きつける。
アシェ――料理人。金髪、眼鏡、ポニーテールと三拍子揃った美人女性。
真面目な大人で、すぐ眉間に皺ができる。
ローラン――ピンク髪のインチキ眼鏡。十代の女性錬金術師。
大人社会の洗礼を受けて淀んだ目をしている。
アドン&ソドム――鍛冶師兄弟。酒好き。
フェルール――木工職人の少年。穢れを知らぬ尊い存在。
ガンダラクシャの入り口は厳重だった。
交易都市といっても、どうせ門番が立っているくらいのちょっと大きな街だろうと踏んでいた。
しかし実際は、高い城壁で囲まれた巨大都市。いままで見てきた街とは比べ物にならない。
遠くから見る限りだと大きな城だと思っていたのだが、まさか城下町まで囲む城壁があるとは……。
巨大な城門は見上げるほど高く、宇宙軍の小型艦ならば優に通れるサイズだ。コロニーの運搬貨物船をつけるベイくらいはある。
それにしても凄まじい城壁だ。魔物の多い土地だと聞いているが、大袈裟な気がした。
警備はさらに凄い。城門の内側には警備隊専用の兵舎と数十人の警備兵がいたのには驚いた。宇宙じゃあ、誘導や整備のボットのお出迎えが普通だったからな、この惑星の感覚に慣れないと。
驚いているのは俺だけで、ほかのみんなは普通の顔をしている。ホランド商会の人たちはここに住んでいるので当たり前なんだろうけど、スパイクとウーガンはガンダラクシャに来るのは初めてだと言っていたのに。まさか彼らまで驚かないとは……。
ちなみにティーレは視線を向ける俺を、きょとんとした顔で見つめ、何か? と言いたげな表情をしている。
これじゃあ、俺が田舎者みたいだ。まあ実際、田舎者みたいなもんだし、いいか。
ぼけっと城壁を見上げていると、スパイクが声をかけてきた。
「ラスティは大都市に来るのが初めてなのか?」
「え、ああ、初めてだ」
「すげぇだろう。ベルーガは東西南北にガンダラクシャみたいな大都市があるんだぜ。聖王国の連中に王都と南のハンザは奪われちまったけどよ。まだ三つも大都市が残ってる。本気を出しゃ、すぐに王都を取り戻せるって」
「そ、そうだな。そうなるといいな」
適当に話を合わせて、これからのことを考える。
ノルテさんからティーレの護衛を頼まれたけど、彼は最後まで語らずに死んだ。これからどうすればいいんだろう?
見たところ彼女は良家のお嬢様らしい。ここまで来れば、家族と連絡を取れるだろう。そうなると、ここでお別れかも知れない。
ティーレと別れるのは寂しいけど、彼女の幸せを考えればこれが妥当だろう。
そもそも俺はこの惑星の住人では無い。ここらが潮時だ。
ノルテさんが死の間際に言ったことを思いだし、門番を探す。たぶん、警備の人たちのことだろう。ガンダラクシャに入る人たちを検査している。誰に話しかけるか迷った。
厳重な警備だ。通行許可証や身分証の提示を求められたらどうしよう……。ある意味、不法入国者のようなものなので俺は身分証を持っていない。持っているのは、外部野に保存されている宇宙軍のパスコードだけだ。
ロイさんが責任者らしき兵士に声をかける。
「警備のみなさん、いつもご苦労様です」
「ホランド商会の会長みずから買い付けか。今回はどんな商品を仕入れてきた」
「街道で小悪党にえらい目に遭わされましてね。荷物を諦めて命からがら逃げてきましたよ」
「なんと! 街道にそのような賊が出没しているのか! トーリの領主は何をしているんだ」
「はははっ、賊はその領主様でございますよ。盗賊貴族と呼ばれているガーキ子爵にございます」
「守るべき民を殺めていると聞いたが、やはり噂は本当だったのか。それで聖王国の兵は?」
「聖王国の兵は見ていません。まだ東部に来ていないようです。ですが、領主のガーキが寝返りました」
「ガーキ! あのエセ貴族め。領民を殺めるだけでなく国を裏切るとはッ! 貴族の風上にも置けん」
「聖王国の旗を真似たみすぼらしい旗を掲げていました。アレが同じ国の人間だと思うと、私は悔しくてなりません。私たち一行だけでなく、こちらの旅の方も被害に遭われたとか」
ロイさんが俺たちを手で示す。
「そうか、それは災難だったな。本来ならば通行証を見せろといいたいところだが、その身なりだ。苦労したのだろう。ロイ・ホランドの顔を立てて今回だけは特別に通してやろう」
変装なのに……。そんなに酷い格好なのか? そこまで苦労した旅ではないが、ここはそういう設定にしておこう。ガーキに出会わなかったらもっと楽な旅だったのに……。
「ありがとうございます。ガーキに負わされた妻の心の傷を、俺は決して忘れません」
「若いの、よく細君を守り抜いてここまで旅をしてきたな。細君も安心して心の傷を癒すといい」
ちょうど責任者の人と話す機会ができたので、ノルテさんとの約束を果たすことにした。責任者ならば間違いは起こらないだろう。
「ありがとうございます。ところで兵士様、ノルテという名に聞き覚えはありませんか?」
「ノルテ……もしやノルテ##のことか?」
また翻訳できない単語が出てきた。
あれからかなり時間が経っているのに、この惑星の言語データはなかなか埋まらない。やはり帝国みたいに貴族特有の単語があるのだろうか?
まあいい、目的を果たすのが先だ。
「たぶん、そうだと思います。こちらの剣を譲ってくれて、ガンダラクシャの門番に名前を出せと言っていました」
「見たことがあるぞ。それはノルテ##が大切にしていた魔法剣だ。それで、門番に名前を出した後はどうしろと」
「そこまで言って亡くなりました。ですから、その先は知らないのです」
魔法剣とか大げさだなぁ。どうせ、なんかの合金だろう。それよりも魔石の存在のほうが気になる。あのエネルギーを内包した鉱石はいったいなんだろう? ティーレに聞いても魔石は魔石だって言うし、ロイさんに至っては魔術師ではないので、と商品価値以外は詳しくないようだ。
「そうか…………上司に相談してくるので時間をくれ。泊まる宿は決まっているか?」
「いえ、ここに来るのは初めてで、いまから宿を探すところです」
微妙な間が生まれると、待ってましたとばかりにロイさんが割り込んできた。
「ラスティさん、よろしければうちに泊まっていきませんか。お礼がまだですし、何やら訳ありのご様子。この先どこへ行くのか存じませんが、色々と物入りでしょう。それに我が商会にお越し頂ければ、兵士の方々も手間が省けると思うのですが」
「それがいい。旅の者に要らぬ世話をかけずにすむ。おっと、忘れていた。君の名前を教えてくれないか」
「ラスティ・スレイドです」
「細君の名前は」
「私は……」
ティーレの言葉を制して、代わりに俺が答える。
「カレン・スレイドです」
ティーレは追われている身だ。マキナ聖王国だの、ベルーガ王国だの、知らない情報が多すぎる。迂闊に彼女の正体を明かすのは得策ではない。
目配せすると、彼女は理解してくれたようだ。頷いて肯定してくれた。
「話はまとまったようですね。それではラスティさん、私の屋敷へ参りましょうか」
屋敷! 屋敷って貴族の住む家だろう。ロイさんは商人なのに、屋敷に住んでいるのか? うーん、言語データのミスか?
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちですよ。手当をしてくれたおかげでメアリの傷も完治しました。あの娘の身体に傷跡が残ったらとヒヤヒヤしていましたが、杞憂に終わってほっとしています。メアリも心に傷を負うことなく健やかに過ごしています。とても感謝しています。本当にありがとうございました」
「当然のことをしたまでですよ」
「その当然のことが一番難しいのですよ」
それからロイさんは執事のジョドーとその息子ロイドを呼びつけて、何やら言いつけた。それがすむと二人はこの場をあとにした。
スパイクとウーガンはというと、
「さてと、俺らは護衛の依頼が終わったんで、もう行くわ」
「…………」
「スパイク、ウーガン、短い旅だったけどありがとう」
「おいおい、礼を言うのは俺たちだぜ。ラスティのおかげで美味い飯にありつけた。魔物との戦いも楽だった。感謝してるぜ」
「…………縁があったらまた会おう」
寡黙なウーガンも挨拶してくれた。
「ああ、縁があったらな。それまで死ぬなよ」
「何言ってんだ。俺たちゃベテラン冒険者だぜ。なんせ近々Bランクになるんだからな。な、ウーガン」
「…………」
「おいおい、そこで黙られると俺が嘘ついてるみたいじゃないか」
「…………悪かった」
「なんか用があったら東の〈月影亭〉に来てくれ。俺たちはそこを拠点にしているからよ」
「わかった。困ったことがあったら相談に行くよ」
別れの挨拶をすませると二人は街に消えていった。