第235話 帝室令嬢はプライドが高い
血生臭い事件が起こったばかりなのに、今度はお説教か……。気が重い。
部屋を出ようとする俺に、エレナ事務官は無言で親指を立てた。くいくい、とある場所を指し示す。
隣室に通じるドアだ。内密の話だろう。
でも俺だけというのが腑に落ちない。陰謀めいた匂いがするぞ。
「ティレシミール殿下、少しの間、スレイド侯をお借りしますね」
「それはかまいませんけど、エレナ宰相、夫に無理難題を突きつけないよう願います。それと、くれぐれも……」
「私はアデル陛下ひと筋です。心配しているようなことは起こりませんので、どうかご安心ください」
「でしたら問題ありません」
許可も下りたことなので隣室へ。
ドアを閉めて、二人だけの空間になると、エレナ事務官はもっとそばに来るように手招きした。
「まずは婚姻おめでとう」
「あ、ありがとうございます。それで話というのは?」
「実はね…………」
それから年下の上官から、聞きたくもない愚痴を長々と聞かされた。
要約すると、成人の儀、戴冠の儀をすませていないアデル陛下とはまだ正式に結婚できないらしい。
それから国難に見舞われているさなかに、祝い事は不謹慎だと何度も口を酸っぱくして言われた。
将来、形式上の義理の妹になる帝室令嬢は、ドラマに出てくるような嫌な小姑だった。
王族として~、国民の模範として~、対外的に~、国の威信~、王家の品格が~、などなど多彩なレパートリーで、俺の婚姻表明と結婚式の延期を何度も何度も訴えてくる。
おそらく、いや、間違いなく部下に先を越されるのを嫌がっているのだろう。帝室令嬢だから、もう少し心の広い人だと思っていたのに……。
器のちいさい女だ。
まあ、軍においても、この惑星においても頭の上がらない上官なので従うことにした。
「言いたいことはわかりました。でもティーレやマリンにはどう説明すればいいんですか? なんだかんだと彼女たちには我慢を強いてきました。ここでまた婚姻のお預けなんて言えませんよ」
「こっちから話しておくから気にしなくてもいいわ」
「…………」
「まさか従えないとは言わないわよね」
「……それなりに辛抱を強いられるのですから、見返りが欲しいところですね。ティーレたちのためにも……」
あえて王族の名を出したのは卑怯な気もしたが、これぐらいは強請ってもいいだろう。
「わかったわ。それに見合った見返りを約束するわ。まずは手付けね」
事前に用意してあったのだろう、部屋の片隅にあるテーブルを指し示す。ちいさな木箱が載っていた。書簡を収めるような長細い箱だ。
蓋をあけると、大量の大金貨が整然と詰め込まれていた。それだけでなく、清銀貨も数枚入っている。かなりの金額だ!
「大金貨五〇〇枚と清銀貨一〇枚。公爵に支払う歳幣、二年分ってとこかしら?」
手付けでこれだけの金額だ。成功報酬を考えると…………感覚が狂って計算できない。
ガンダラクシャで頑張って貯めた大金貨一〇〇枚が霞んで見える。俺のしてきた努力って……。
「成功報酬は国家予算の三分の一。これだけ出すんだから、約束は必ず守ってちょうだい」
ニッコリとほほえむ帝室令嬢に、かつて帝国に君臨した烈女が重なる。
エレナ事務官が、逆らってはいけない人だと判明した。




