第191話 subroutine ルセア_白馬の王子様②
◇◇◇ ルセア視点 ◇◇◇
書架を探すと好きな本があった。女性騎士が主人公の物語だ。
私は小姉様のように凜々しく剣を振るいたい。そんな夢がある。はしたないと叱られそうだけど、身体の弱い私にとってはこれ以上ない夢だ。
大姉様も尊敬している。だけどあの姉はとっつきづらい。二人の姉は優しいのだけど、どちらかというと小姉様のほうが好きだ。優しいし、強いし、みんなから慕われている。理想の女性だ。
大姉様には悪いけど、男性を虐げる姿は好ましくない。もう少し淑女らしく慎み深くしてほしいのだけれど……。
そんなことを考えながら本を読む。
向かいに座っている警護のミスティは編み物をしている。私は不器用なので、そういった細かいことは苦手だ。
唯一の取り柄である魔法くらいしか、得意なものはない。
う~ん、大姉様のことを言えないな。
しばらくして、またミリヤがやってきた。
「あまり飲まれておられないようですが、次からは別の者に変わったほうがいいでしょうか?」
「できれば殿下付きのメイドに」
「畏まりました、次からはそのように致します」
悲しそうな顔で言うと、ミリヤはさほど減っていないティーセットを持って帰っていった。
こんなことなら飲んでおけばよかったなと、悪い気がした。
ミリヤが出て行くのを見届けてから、ミスティは大きな欠伸をした。腕を伸ばして身体をパキパキ鳴らしている。
メイドがこのような振る舞いをするのは珍しい。先ほどの戦いもあって疲れているのだろう。眠そうにする彼女をそっとしておくことにした。
疲れが溜まっていたらしく、しばらくするとミスティはこっくりこっくりと頭を揺らし始めた。
敵を倒して危険が去ったので、安心したのだろう。ずり落ちかけた膝掛けを直してやり、読書を続ける。
物語の山場にさしかかったとき、ドアがノックされた。
一番いいところなのに……。
「誰?」
「ミリヤです。今日は一段と冷えるので暖炉の薪を持って参りました」
暖炉を見る。たしかに薪は少ない。いまは十月、秋も中程。夜を越すには足りない。
「入りなさい」
ミリヤは重そうな薪の束を持って、部屋に入ってきた。
「お付きの方は寝ておられるのですか?」
「らしいわね。ついでだから火を熾してちょうだい」
「はい」
ミリヤは暖炉に火を入れると、
「薪に火が移るまで、しばらくお待ちください」
「それにしても冷えるわね」
「エクタナビアは特に冷えます。それに年の瀬――十三月まであと三月ですか。……今年はどうなるのでしょうね」
一年の最後、十三の月は冬ごもりの月だ。マキナが来るまでは、毎年家族で静かに過ごしていた。昨年はスタインベック領で、リブと一緒に十三月を過ごした。今年はどうなるのだろう?
未来のことを、あれこれ考えても益は無い。
意識を現実へ戻す。
「そうね。いい年の瀬になるといいですね」
「そうですね。……薪に火が移りました。これだけ燃えていれば消えることはないでしょう。では私はこれで」
「助かったわ、ありがとう」
部屋の外へ出ようとする彼女と入れちがいになる形で、暖炉の前に移動する。
背後でガチャリと音が鳴った。
慌てて振り返ると、そこにはナイフを握るミリヤの姿が……。
「暗殺者は全員倒したはずッ!」
「そのようですね」
「怪しい者には監視をつけているのに。まさか、カリエッテ元帥が見落としたのッ?」
「いいえ、元帥様はすべての手の者を監視しています。ですが、首謀者の存在にまではいたらなかったようですね」
「何者ですかッ!」
「闇ギルド――底無しの奈落とでも申しておきましょうか」
その名前は知っている。凄腕の暗殺者集団の一つだ。
「ミスティ、起きてッ! 暗殺者よッ!」
メイドに駈け寄り、揺さぶるも目を覚ます気配はない。
「眠り薬よ。毒は見抜かれると思って、眠り薬にしたの。お付きのメイドにカマかけられたときはビックリしたけど、まだまだね」
「誰か来てぇー、敵よォ!」
「あー、駄目駄目。この辺の連中、みんな片付けたから。逃げたくても出入り口は私の後ろにあるドアだけ。窓もあるけど、高いから死ぬわね。それと……」
ミリヤは無数の青い珠をこっちに向かって転がした。私はこの珠を知っている。〝魔術師殺し〟と呼ばれる珠だ。効果範囲は限定的だけど、とても稀少なアイテム。王家でも数えるほどしか所有していない。それをこんなにも……。
「魔封石。魔術師なら知ってるでしょう。魔力を吸い取る便利な珠。本来なら身につけさせるんだけど、数を揃えたから多少離れていても十分だわ。これで自慢の魔法はつかえないわね。転移とかも無理、跳べても窓の外がせいぜいね」
「嘘よ。これだけの魔封石、ただの暗殺者が用意できるわけないわ」
「嘘だと思うんならやってみなさい」
言われるまでもない。両手に魔力をあつめる。
「〈永久凍獄〉」
発現した魔法が光の粒子となって珠に吸い込まれる。珠の一つが炎を内包したように赤い光を揺らめかせている。魔力が吸収されたのだ。
「そんな……」
「諦めもついたところで死のうか。お嬢ちゃん可愛いから、特別に死に方を選ばせてあげる。綺麗に死ぬか、汚く死ぬか。どっちがいい?」
「嫌ッ、私、まだ死にたくない! ミスティ、起きてッ!」
「ンフッ、いいわね、その顔。必死に足掻く表情。いいわ、ゾクゾクする。絶望に染まるところが見てみたい」
ミリヤは恍惚の表情で、ナイフに舌を這わす。
女暗殺者が一歩踏み出したところで、それは起こった。
「ブフッ!」
突如ミリヤが血を吹いた。
「こんなの……聞いてない。……これ……誰?」
ナイフの切っ先で背後を指し示すと、ミリヤはそのまま崩れ落ちた。
穴の空いたドアが軋む。男があらわれた。
リブだ。
「初めての魔法だったけどうまくいったようだな」
「…………」
返事をしようと思ったけど、声を出せなかった。それに腰が抜けて、立ちあがることもできない。
リブは困り顔で、頭を掻いて、
「刺激が強すぎたか?」
彼は、動けない私を抱き起こして、椅子に座らせてくれた。
なんと、たとえればいいのだろうか。複雑な心境だ。王族が恐怖におののき立ちあがることもできないとは……恥ずかしい。そして彼の存在が頼もしくもあった。
「助けてくれた恩は返せたな」
「…………」
一瞬、ドキッとした。
行き倒れになっているところを助けたのが、リブとの出会いだ。平民のような話し方をする人で、猫のように何事にも囚われない自由な生き方をしている。羨ましい生き方だ。
いつの日か私のもとを去るだろう、そんな気はしていた。それがいまだなんて……。
寂しい。だけど、彼には彼の人生がある。いくら王族とはいえ、生き方を縛ることはできない。きっとこれは運命なのだろう。
罰として護衛を命じたが、それを盾に彼を困らせるのはやめよう。
我が儘を言わず、リブを見送ることにした。
せめてものお礼に、指輪を渡そうと思った。それを指から外したところで、
「これからはちゃんと給料をいただくぜ。別途、必要経費と成功報酬もな」
ほっとした。
気まぐれな猫はもうしばらく私のもとにいてくれるようだ。
嬉しさのあまり落ち着かない。この気持ちを悟られないように彼に背を向ける。そわそわしてしまって、なぜか落とした本を拾った。そのまま持っているのも変なので、書棚に戻す。
女性騎士の物語もいいけど、白馬の王子様が出てくる物語も悪くないなと思った。