第20話 subroutine ガーキ_お宝
◇◇◇ ガーキ視点 ◇◇◇
「ガーキ様!」
手下が走ってきた。俺様の名前を呼んだっきり、荒い息づかいをしている。わざとらしい演技だ。勿体ぶっているのか、なかなか本題を切り出さない。
馬鹿正直で真面目が鎧を着たような騎士のようにハキハキしろとは言わない。だがよ、俺の部下ならシャキッとしろッ! シャキッと!
まったくもって気に入らねぇ。
こういう時に限って、面倒臭い仕事が降ってくる。俺の勘はよく当たる。特に悪い知らせなんかは外したことがない。
ああ、面倒臭い。いっそのこと、コイツを斬り捨てて聞かなかったことにしようか……。
剣に手をかけたところで、手下は話を切り出した。運の良い奴だ。
「大変です。ヴァルプ将軍の死体が発見されました」
聖王国の騎士様がおっ死んだ!? 綺麗事を並べるだけのクソ騎士どもとちがって、話のわかりそうな男だったが……そうか死んだか。
「死体は」
「ジリの街の北、打ち捨てられた砦に安置してます」
このまま捨て置くのもなんだ、金目の物を漁られないよう俺様が預かっといてやろう。それにしても死体か……首がありゃいいが。あれは手柄にも金にもなるお宝だ。
ヴァルプの首が手に入ったらどこへ持っていけばいい? ベルーガ王国へ行けば高く売りつけられる。しかし、俺は国を裏切った身。たとえ将軍の首を持っていっても貴族どもが許さないだろう。肩書きだけのクソ貴族に殺されるのはまっぴらだ。
となると、隣接するラーシャルード軍国、ザーナ都市国家連合に絞られる。
ラーシャルードは首を買ってくれないだろう。あそこの王様はベルーガと仲がいいし、最悪こっちがお縄になっちまう。ザーナどうだ? あそこは碌で無し金の亡者ばっかりだ。売りさばくことができても、足下を見た値段だろう。支払いを渋られた場合、無事に国を出られるかどうか……。
どちらもマズい結果になりそうだ。しかし諦めるにしては大きな宝だ。
「砦に安置していると言ったな。ヴァルプの手下どもはどこにいるんだ?」
「それが魔術師によって悉く殲滅された模様です」
「砦に立てこもっていたヴァルプが負けたのか?」
「いえ、砦に立てこもっていたのは、バロック平野から落ち延びたベルーガの兵のようです。その証拠に元帥ノルテの死体が見つかりました」
「なぜ元帥だとわかった?」
「ノルテの顔を知る者がいましたので」
元帥の首だ! ついてるぞッ! それも聖王国でも噂にのぼるベルーガの元帥、〈刺壊〉のノルテだ。間違いなく金になる、それも大金だ!
ヴァルプの首などどうでもよくなった。計画は変更だ。ヴァルプの死体とノルテの首を聖王国に売りつけよう。二人の首を金に換えられる。多少は値切られるだろうが、食いっぱぐれることはない。我ながら名案だ。
「案内しろ、すぐにだッ!」
「はっ、はい!」
元帥の首か……王国を裏切った甲斐があったってもんだぜ。たしか魔法剣を持っていたはずだ。あれも金になる。
馬に鞭をやり、砦を目指す。
途中、ガキの頃からツルんでいる手下――イカサ、タガーズと合流した。
イカサは人の弱みを探すのがうまい男で、タガーズは拷問の腕がいい。どちらも便利な道具だ。ナカマ、トモダチと反吐の出るような甘い言葉が大好きな間抜けたち。優秀な俺様には物足りない手下だが、躊躇いなく人をぶっ殺せるところを買っている。まさに、捨て駒にピッタリなオトモダチだ。
二人を拾ったすぐあとに、新しく雇った魔術師が加わった。
シャマという男だ。自ら俺に仕えたいとやってきた変わり者で、痩せっぽちのモヤシ野郎だ。しゃくれた顎に猫背と、俺の嫌いな要素が満載だ。陰気なうえに、何を考えているかわからない気味の悪い魔術師。目障りなのでぶっ殺してやりたいが、こいつも便利な道具だ。魔法がつかえるうえに頭も切れる。
気に食わないが、周りに馬鹿しかいない俺にとって、つかえる手下だ。だから殺すのをやめてやった。
砦につくと、死体を漁っている手下どもが、そこかしこにいた。
クソッ、こいつら俺の獲物に手をつけやがって!
むしゃくしゃしたので、近くにいた手下の背にナイフを投げた。
「ぐぁっ!」
手下の一人に命中した。今日も冴えてるぜ!
「敵か!」
「ちがう、ガーキ様だ」
「ガーキ様、なぜ仲間を!」
ざわつく手下ども、どいつもこいつも賤しい目を俺に向けてきやがる。国を裏切ったクソどもの分際でッ! 気に入らねぇ。
「漁った物を出せ。それは俺の獲物だ」
剣をちらつかせると、ほとんどの連中はポケットから漁った金品を出した。
ほんの一部の連中だけが、俺を睨みつけ抵抗を試みている。そいつらに最後のチャンスをやろうとしたら、一人の手下が逃げ出した。
「見逃してくれ、俺にはカカアとガキがいるんだ」
人の獲物を持ち逃げしようとはいい度胸だ。
「イカサ、タガーズ!」
名前を呼ぶと、腐れ縁の手下が馬を飛ばした。
二人は剣ではなく、弓を手にしている。
逃げる手下に近付くと、二人は交互に矢を射た。
「くそっ、外れた!」
「おっしゃぁ、俺は腕だ」
逃げる手下に矢が生える。それは次第に増えていき、最後にタガーズの矢が頭に刺さった。それがトドメになって手下は絶命した。
「やったぜ! 賭けは俺の勝ちだな。イカサ、大銅貨寄越せ」
「くっそ、当たった矢は俺のほうが多かったのに」
矢が勿体ないと思ったが、二人の気のすむようにやらせた。
「戯れるか……まあいい、クズを間引いてくれればそれでいい」
逃げた手下は始末した。今度は残っている連中だ。
俺はシャマに見えるよう顎をしゃくった。
「漁った物を出さない連中を皆殺しにしてもよろしいのですか」
頭の回転が速いのは助かる。軽く頷くと、痩せっぽちの魔術師は呪文を唱え始めた。
「待ってくれ、出す。漁った物は全部出す。だから命だけは助けてくれ!」
「許してくれ、ほんの出来心だったんだ!」
「返すから命だけは勘弁してくれ! なっ、これで全部だ!」
これだけ聞くと反省しているように思えるが、こいつらの腹の内はわかっている。次も俺の目を盗んで奪うつもりだ。どいつもこいつも賤しい底辺の目をしてやがる。
もし俺が怪我でもしたら、待ってましたとばかりに首を狙うだろう。そんな賤しいクズの目だ。
金目の物は奪い返せばいい、だが命は一度失ったらお終いだ。
よし殺そう。
「シャマ、手加減するな。確実に殺せ」
「言われずとも……」
陰気な魔術師は〈火球〉という魔法の火の球で、手始めに一人焼き殺した。
魔法の恐ろしさを目に焼き付けた連中は、次々とポケットから金品を出す。やっぱり隠し持っていたか。
ま、出したところで殺すけどな。
シャマは淡々と出し渋った連中を始末していく、途中、運良く魔法を躱して逃げた手下もいたが、イカサとタガーズがキッチリ始末してくれた。
俺は寛大な貴族様だ。最初の命令で金品を差し出した連中は許してやろう。
ノルテのことを知らせに来た男に、死体まで案内させた。
「間違いない元帥のノルテだ」
王都で一度見たことがある。元帥の椅子にしがみついていたジジイだ。こんな忘れ去られた砦でおっ死ぬなんてな、いい気味だぜ元帥さんよ。
胴体にのっかってるお宝は奪われていない。魔法剣は…………無い!
「おい、ジジイの剣はどうした?」
「見つけたときから、剣など持っていませんでした」
「嘘を言うな! シャマッ!」
気味の悪い魔術師は炯々と輝く瞳を向けてきて、嬉しそうに笑った。
「炎よ力を示せ! 〈発火〉」
「ぎいぃやぁぁぁーーーー!」
手下の腕を燃やす。シャマはいい仕事をする。いきなりは殺さない。
それから両手両足を黒焦げにしてやったが手下は魔法剣について吐かなかった。どうやら本当に知らないらしい。
「余計な手間とらせやがって!」
「やめッ、助けッ…………」
腹いせにナイフで滅多刺しにしてやった。
幾分か気分がよくなったところで気づく、最初の命令で金品を差し出した連中の視線に。
汚い目だ。隙を窺う獣みたいな目をしてやがる。
こういう連中はいざという時に裏切る。我が身可愛さに主を襲う奴隷みたいな連中だ。
どうせここにいる連中は徴兵された農民や街の住人だろう。つかえる野盗あがりの連中ならば、俺が来る前に逃げているはずだ。飯を食わせてやるんなら、つかえる連中のほうがいい。無駄に飯を食い潰す弱兵はいらない。
一度は許そうと思ったが、いい機会なので皆殺しにすることにした。俺は寛大な貴族様だが、ちょっぴり気まぐれなのさ。まあ、運がなかったと諦めてくれ。
シャマを呼びつけ命令する。俺がいなくなったら皆殺しにしろと。
ノルテの首を回収して、イカサとタガーズにあとのことを任せると、俺は砦を出た。
馬に鞭をくれてやるのと同時に、悲鳴が聞こえてきた。それに混じって、手下どもの最後の声が聞こえてくる。
「助けてくれぇー」
「話がちがう、ガーキの命令にちゃんと従ったじゃないか」
「この悪魔どもめ、天罰がくだるぞ!」
イカサたちの戯れに付き合うほど俺は暇じゃない。
ちいさくなっていく断末魔を背に、聖王国の誰に首を売りつけるか考えた。